昨日、親戚宅で法事がありました。

   庶民は、けっこうマジ! っすヨ


親類縁者が集まって、が~~~~~~い長いお経。
教典の本が回されてターーーけれど、
坊さんがどこらへんを読経してイルのか分からない。漢字だらけの教典をひねり回しても分からない。漢字の中の“教訓”を読み取ろうと試みても、私の浅学では、頭の上空はるか上を、お経の声が飛んでゆく。。。。。夢想花、この罰当たりものメ! 前に置かれた義姉とそのお母さんの遺影が、笑ってる。


お経が終わって、ご馳走とお喋りのひととき! 

お坊さんもかつての同僚の顔に戻り、大分県教委のことも話題になり、町造り・子育て支援のことでも盛り上がるグループもできて、「子どもは社会の宝」、お節介おばさんの役割、男女共同参の町造りの重要性と男中心の運営の現状、等々、話の花が咲きマシタ。次は、あなたの出番ですよ、と軽くハッパをかけたりかけられたり、年輩の人、とりわけ女性陣は話に耳をそばだて、現状を何とかできないかと、の思いが動いているようでした。。。。。けっこうマジな会話。。。。。人々が、今の社会の現状に、危機感を持っていることが現れている。。。。。


庶民は、スゴク、社会のことを考えている。それに対して、為政者を目指す層の中には、旧態依然の社会構造の上に、アグラをかいて、庶民の危機感に気づいていない輩がオルようだ。

お酒をシコタマよばれて、機嫌良く、帰途は、姪御二人が2台で“代行タクシー”をしてくれて、60年越えの私と妻と10年近しの愛車を我が家まで運んでくれました。

車中、子育て真っ最中の姪御との会話・・・モンスター・ペアレントのコトや、子どもは人と人の間で育つこと、人間としての“気づき”サマザマ、話が弾みました。それにブログ「夢想花」の愛読者でアルことも判明して、勇気リンリン赤銅鈴之介(分かるかなっ!?)、ウレシかった。きょうの法事で、もう一人、毎日、愛読している妙齢の女性のことも分かって、ウレシ且つ責任感めいたものを、Myほろ酔い頭で確認シマシタ。
アリガトウ! きょうの場に、いざなってくれた天国のお姉さんとお母さんと、兄さん家族、そして縁者の人々、そして14年人生(えっ!?)、「犬生」を歩んでいる犬のコロちゃん


 ここで、例によって、下手な一句。

 逝きし人 寄りし人夢 つなぎほとばしる  

 きょうも、母校同窓会の模様とテストだびょ~んを、お休みさせて頂いて、別の話題を・・・。


   タバコの煙に 怒ット・込む


  実は、わが町に、タバコ好きのオジサン(と言っても、私より数年若い)がいるのですが、この人がかなりのヘビースモーカー。彼は、当町自治会のVIPでもあって、地域のために熱心に活動している。VIPと言えば、通常は Verry Important(重要)Person の略であるが、私は、ややおちょくり気味に、Verry Ichbiri (いちびり)Person と、ブログでは、表現シタイ(笑)。いやいや、彼は本当に Important(重要)な人物であって、Ichbiri (いちびり)は、私夢想花の方デシタ。

  で、彼とは、数年前、自治会役員会で出会ってしばらくは、双方の誤解もあってよく喧嘩をした。ですが、だんだん、彼の熱心な活動を私も評価するに及んで、喧嘩と言うよりは、毒舌の言い合いといった風に「CHANGE」(変化)してキマシタ。つまり、けっこう仲良くなって、会うと毒舌冗談を言い合っている。
  で、私の方は? と言うと、私は、やや、というより相当喧嘩ぱやい人物なので、今や妻の方が自治会の役を活発にやるようになり、私の影も薄くなってきているきょうこのごろです。


  で、そんなことは、置いておいて、くだんの彼は、よくお孫さんを連れて歩いている。見ると、彼は、手にタバコを持って、煙をくゆらしてイルではないか!!!(怒り 怒ット・込む)。
  私は、彼の傍へ行って、「ブログ見たか! ブログでも書いてるヤロ!  子どもさんの傍で、タバコ吸うたら、子どもさん可哀想やんか!」と警告1回を発しマシタ。彼は、その時、困ったような風デシタ。

  それから、数日して見たら、また、お孫さんを連れて、タバコを吸ってオル! 私は、怒り心頭を胸に置いて、彼の傍へ行き、「子どもさんの傍でタバコ吸うなんて、日頃と矛盾してるやんけ!?」。「どういうことや?」と彼。 「アンタは“弱者の味方”と違うんか!!?」 と私。彼、そこでニャっと笑って「ボク、“強者の味方”」とのたまった。
  そこで、私は、「“強者の味方”言うんやったら、これから遊んだらへんぞ!」と言って、その場を去りました。タバコの煙の害の話でした。


  この話には後日談があって、後日帰宅すると、玄関で、彼が私の妻と自治会のことで喋っている。彼は、私をめざとく見つけて、「旦那はんは、ワシがタバコを吸おうと、たまに手に持ったときに、偶然、よく出あうんや・・・」 ワタシ「たま、やって!???」。言い訳するだけ、可愛くなった。心は笑っていましたが、口調は 怒ット・込む で、彼にジャブをお送りしました。

  彼だけでなく、せめて、悪気はなくとも、やや無配慮(ウんっ? 無神経?) のままに、子どもの傍では、タバコを吸わ ないように・・・。彼も、これからも自治会のVIPなので、健康に気をつけて・・・・・・。
 以上、「人情行き交う“イチー・ニー・しゃ~ん丁目の夕日”輝く街」での1ページでした。ジャンジャン! この言い方、イチビリ夢想花の面目躍如と反省!です、トホホ、クぅ~(泣 & 笑)。

※ 世は、物騒な、心暗くなるような事件が続発しています。こんな呑気なコトを書いていいのかと思いつつ、だからそれ故に、やや人様の心が少しでも明るく和みますようにとの願いでもって、“呑気”ちゃんが、連日、登場してイマス。実は、私も、重い話題ばかり続くと心が疲れちゃうのです。本来的には、私は、オチョケんのがお好きな方ですから・・・。(笑) なお、きょうの記事については、当のVIPおじさんにブログに載せるでぇ、と言ったら、笑いながら、かめへんで~、という答えを頂きました。   

 きょうは、テストだびょ~んをお休みして、昨日、ルノワール展を見に行きました、そのことについて・・・。

    ルノワール展に行ったヨ~

  かつての職場の先輩から招待券を送ってきて下さったので、京都市岡崎にある動物園近くの近代美術館での「ルノワール展」を見に行ってきました。地下鉄「蹴上駅」で降りて地表に出ると、そこは、蹴上浄水場、そして都ホテル。蹴上浄水場は、小学生の頃、遠足で行ったような記憶があります。その時、ツツジが綺麗に咲いていました。その後、これも小さい頃からの憧れだった都ホテルのロビーに入って、少し休憩・・・見るとグランド・ピアノが置いてあるではありませんか! そっと、ピアノの蓋を開けると・・・開くっ! そこで小さな音で、ポロロンと弾くと、音色が本当に素晴らしいっ!。
そこで、椅子に座って、小さな音で、「グリーンスリーブス」を弾き出しました。ホテルの人が来ても「お客さん、困ります」との“注意!”がない、さすがー、太っ腹! そこで、少しだけ音を大きくして、「なごり雪」など5曲、小さくポロロンと弾いてしまいました。暗譜でできる私のネタも尽きてしまいましたので、ピアノの蓋を閉めて立ち上がると、近くのソファーに座っていた何人かのお客さんらしき人も、立ち上がり、その場を離れていきました。拍手はナイ、だけど、聞いて下さっていたんだ!、ホテルの人、私メの不作法をごめん!そして、その寛容さにおおきに!、ピアノの音色グ~っ!、もっと弾きてぇ~!・・・さまざまな思い複雑に、ホテルを後にして、南禅寺界隈をぶらぶら歩いて、美術館に着きました。この辺は、子ども時代から青春のさまざまな思い出が、ふつふつと甦ってくるところです。


  美術館は凄い人の出でした。ルノワールという人は、生涯で2000点とか200点とか? 掲示物を読んだけど、記憶が不鮮明。会場はメモ用具持ち出し禁止でした!の肖像画を描いたらしく、展示画の多くが、家族や身近な人の肖像画でした。人物が明るく、温かく描かれていました・・・とは、説明書などからもそうですが、私もそう思いました。

  だけど、ルノワールさんがどうのこうのではなく、一般ロン的に言うと、例えば、小説や歌は、直接こちらの感性に響いて、楽しいとか面白いとか、悲しいとか懐かしいとかの感想を持てる。それに対して、絵は、見る側のコチラになにか技術や絵の歴史などについての造詣がないと分かりにくいように思うのです。無造詣・絵音痴の私は、よい、と聞かされば「よい」と思わなきゃ~アカンみたいな気もするし、少し敷居が高い。絵そのものをじっくりと見るよりは、展覧会場の雰囲気に身を置いて感じ入る・・・そんな、例によって、ややひねくれた感想を持って、会場をあとにした夢想花デシタ。折角、招待券まで送ってきて頂いたのに・・・。ですが、絵や会場のビデオ映写を通して、イママデ、名前は聞いたことがあるけれど、ほとんど関心のなかったルノワールさんの人柄と生涯の一端に触れることができて、我が身と同じく、家族や人にサマザマな思いを持ったオジサンだったのだと、親近感を持つようにナリマシタ。それに、ルノワール自家製の版画販売のお姉さんと少しお話できてラッキーでした。  


※ ルノワールさんやその展覧会についての情報です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB%EF%BC%9D%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB

http://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/2008/365.html  

2008年07月06日

布草履教室

 昨日、布草履つくりの講習会に、行きました。

布草履昔のこころ今の出で立ち

  大津市内の喫茶店でありました。講師は、ブログ名「ばあば」さん。私の若い頃、わらじ作りの上手なおばあさんがいて、習おうならおうと思いつつ、果たせないまま、あばあさんとも永遠の別れをしてしまいました。今回、わらじ作りの布版。参加者8名ほどで、その中で、私は断トツの不器用ぶりながら、日本の伝統工芸の一端に触れることが出来ました。感謝! 発見! です。フロガーさんにも出会えて話せて、「グ~っ!」「オモロ~っ!」でした。

  きょうは、そのために、久し振りに電車に乗りました。以前なら、自動車ですすっと行くところですが、地球温暖化のことを考え、電車で行き来しました。外気のこの夏最高の気温に比して、車内の冷房は心地よく、気持ちエエ! だけど、?? の行き帰りでした。


  先生の助けを借りつつもできあがった布草履は、我が家の床の間に鎮座して貰いマス。いつか、大きい看板になるような布草履をつくりた~い。今、パソコン打っている隣で、私の奥さんが仕上げをしています。
ここで、例のように訳の分かりにくい下手な二句と二首を。


   今昔の 思い乗せ闊歩する 布草履

  布草履 昔のこころ 今の出で立ち


  不器用に 器用が手を貸す 今昔の
     草履紡ぎに 人のざわめき

  不器用は 恐るおそるの 勘違い
     今も昔も そは世のならい  

 恥ズカシ~!!!          

  

  これまた、次の日の新聞の一面刷り広告(“一面”というところに、やや抵抗がアリマスガ・・・)で 「エコかるた」を作ろう というのがありました。


   エコかるた」
  Carta歌留多カルタかるた



  女優の真鍋かをりさんが、にこっと笑って

 「明日(あした)もね、いつも一緒のマイバッグ」 

と自作の句を書いた掲示板を前に掲げて、呼びかけられていました。



「エコかるた」を作ろう HPのアドレスは、次の通りです。応募されてはどうでしょう。。  
http://www.pre-cam.com/cp/sh/top.do?un=eco


  楽しみながら、エコ活動に参加する、と言うのも、ましてお子様やご家族と一緒に考えられるのも、“省エネ”の家族団らん・レクリエーション活動になるのではないでしょうか? そして、“省費用”の活動(笑)にも・・・・ 


  因みに、インターネットで「エコかるた」で検索すると、あちこちで作られていることが分かりました。これも、検索して、お楽しみください。



ちなみに、かるたに託して思いを表現するということでは、やや方面は変わりますが、私は、昔、ある所での
  「子育てカルタ」作り  に参加したことがあります。その時に、私がうたったものが

  温もるねぇ 家族で囲む 鍋料理

でした。ご近所やPTAなどで、「子育てカルタ」作りをされてはどうでしょうか? 楽しめるし、お互いの勉強になる上に、“省お金”の活動でもアリマス! 「一石二鳥」どころか、「一石三鳥」も「一石四鳥」「五鳥」にもなるのではないでしょうか? ・・・石で撃たれる鳥が迷惑かな(?)テヘっ!???(笑)

他に、
  「健康歌留多」「交通安全かるた」や「お笑いカルタ」「家族歌留多」「人生四方山Carta」などご家族でも、おひとりでも楽しめるもの が考えられます。ただ、どの場合でも、昨今の風潮に多い、誰かをアザケるような、人権無視みたいなものではなく、人への愛情の籠もった品のよいモノに・・・。お節介・老婆心(老爺心 ?)ながら、念のため、申し上げる次第でゴザイマス。

  

 きのうから、変なつながりですが、病気つながり、ということで、若者や高齢者の間に、じわじわと広がりつつある「結核病」について、お送りします。「結核病」は、決して、過去の病気ではありません。


      免疫力が低下すると
         「結核病」 が忍び寄る



  みなさんは、とくに若い人は、「結核」という病気を知っていますか?

  「結核」という病気は、昭和30年代以前の貧しい経済・貧しい食生活の中で、多くの人が「栄養不良」「栄養失調」になり、体力が衰えてきたところへ、結核菌が侵入してきて肺やその他の体の部分がむしばまれて、最悪の場合「死」にいたった病気でした。

ですが、よい薬(抗生物質)が発見されて、さらに食生活が向上して、かなり克服され、経済大国になった日本では、結核は「過去の病気」のような扱いを受けるようになりました。

しかし、最近、わが国では、結核が再びはやってきて、猛威をふるうようになってきたのです。

その理由として、一般的に、人々の生活が「夜型」になって不規則になって、無茶な生活をする人が増えたこと、インスタント食品などが氾濫したり、“偏食”でまともに食事をしなかったり、過度のダイエットが流行して、ある意味では 「豊かさの中での“栄養不良”」 状態の人が増えてきています。

 そういうなかで、結核が、再び猛威をふるい、命を落とす人も出てきているのです。

結核 にならないために
抵抗力(免疫力)を落とさない。


とりあえず、次の、ことから始めましょう。
①食事はちゃんと摂ろう!!
偏食をせずに、きちんと食べよう。

  無理なダイエットはやめよう。

②規則正しい生活をしよう!!
睡眠は、きっちりととろう!

無茶な生活は抵抗力(免疫力)を弱め、結核菌のとりこ(虜)になる! 


浅学の身ながら、お節介のサガ、敢えて、ブログに載せさせて頂きます。


※ 財団法人結核予防会のHPアドレスです。ぜひ、クリックしてください。
http://www.jata.or.jp/jou_tp.html


※ コメントを、多数、頂いています。ぜひ、ご覧ください。また、結核に対するコメントも、早速、頂きました。私たちの身の回りの危険についてコメントを頂いていますので、是非、コメント欄も見てください。  

 日曜日の昼、湖東の酒蔵さんのホールで、マリンバ・コンサートがありました。

        音楽は、いたわり

 マリンバ演奏は、奥平哲也さん。ピアノ伴奏は、渡部優美さん。今回は、5回目の「近江コンサート」とか・・・。主催は、京都滋賀でマリンバを聴く会。協力は、藤居本家。協賛は、株式会社崎山組。崎山組代表者の方より、「会社は、環境に優しい取り組みをしています。だから、環境に優しい音楽を。」とのご挨拶。
 主催した会も、そうですが、協力・協賛と、マリンバも目立っていない楽器ですが、ひとつのコトが実を結ぶまでに、それを支える裾野の広い取り組みがあるのですね。

 音声をお届けできないのが、残念。せめて、奥平さんの演奏の間の会場の聴衆に向けてのコメントの、おおよそを、前略・中略・後略でお届けします。

◆ マリンバという楽器の歴史は、まだ若い。若いから、クラシックの世界に入れなかったし、ポップスの世界にも入れる。ちょうど、マリンバは「架け橋」みたいな楽器かなぁ。

本物を、子どもたちにも見せたい。本物は、そこに心が籠もっている、と同時に、人の手がかかっている、と言うことですよネ。
・・・《マイ・コメント》人間は、慣れればすぐ手を抜きたくなりますよね。私もそう・・・。それを、強く自戒するような言葉でした。

◆ 音楽は癒すというよりは、労り(いたわり)でありたい。「癒す」という字を書けますか? (会場 笑) 「癒す」は、心が病んでる時だけに言うみたいで、私は、むしろ、音楽は「労り(いたわり)」だと思っています。・・・う~ん、なかなか含蓄のアル言葉です。

◆ 距離は遠く居ても、心は近いんですヨね。 ・・・う~ん、粋な表現!

◆ 右手を失った人のための、左手のためのピアノ・コンチェルトの話。・・・以前、テレビで、私も左手だけでピアノを演奏されている人を見ました。響きの美しさ、人間の可能性と、そう簡単にはアキラメんぞっ、奥平さんの話を聞いて思いました。


 その他も、縷々、あったのですが、紙面の都合と私のキャパシティの都合で、奥平さんのコメントはこの程度に、しておきます。「ウイリアム・テル序曲」に始まって、「G線上のアリア」・・・(中略)・・・「荒城の月」・・・(中略)・・・「砂山」「蘇州夜曲」「千の風になって」そして奥平さん作曲の「慈愛」「チャルダーシュ」「マイ・ウエイ」、アンコ-ルに応えて、2曲演奏されました。渡部さんのピアノ伴奏もピッタシで、会場の客100人余(もっと、居たかも知れない)の中の一人の私は、しばし、酔いました。2本から4本のバチ(名称は、聞いたけど忘れました)は激しく優しく動き、大げさなようですが、夢世界へ一直線でした。。。(実は、音色の優しさに、ウトウトもしました。)

 それにしても、今回、小一の孫を連れて来なくてよかった。もし、マリンバをしたいと言い出したらドナイショウ、と思いながら聴いてイマシタ。。。終わってから、会場2階ホールの下で、ちょこっと聴衆のお客さん何人かとお話をする機会があり、京都・神奈川と、音楽の、いや奥平さんの求心力は、距離を超えると感じ入ったコンサートでした。来年も、6回目があるということです。 ここで下手な一句。

マリンバと ピアノハーモニー 夏を撃つ 

《推敲》 マリンバとピアノハーモニー夏衣 

 or   マリンバとピアノハーモニー夏包む  

       ・・・どれが、いいかなぁ? どれも、大したコトないか!?


※ お釈迦さまに説法だと思いますが、マリンバについての説明は、このアドレスを開いて見てください。
http://members.jcom.home.ne.jp/jxa.marimba/shurui.html  

 きょうは、と言うより昨日のことですが、脳の中の、もやもや感に、悩まされマシタ。      


    お脳様 お脳様 (第2弾) 

  昨日あさ11時過ぎ、NHK確か「総合」テレビを見ていたら、出演者が、人生の一部分にスポットを当てる実に軽妙洒脱な表現の言葉を発しました。。。。。う~ん、これはブログに使える、と思ったままその後、やがて、高齢者の癖で、私はしばしまどろんでシマッテ、昼過ぎに目覚めたら、すっかりその言葉が、私の脳から飛んでしまっている。

  聞いたということは覚えているけれど、その内容は、飛んでとんで回ってまわ~ってしまって、脳に記憶が甦らない。その時間帯の番組のHPを見て蘇らそうとしても、還ってこない。どうにも気になって、古来からの友だちに「テレビ、見てへんかったか~?」と電話するも、「見てへん」との返事。それからしばし、私の駄弁につき合ってもらって(アリガトウ!)、お互いの過ぎ越し日々を回顧して、記憶まだらな私の脳の移ろいに思いを馳せました。

  そんなことって、ないですか? 記憶が、そこらへんまで来てるのに、浮遊したまま、夢の迷走路に入って、還ってこない・・。
そこで「お脳様 お脳様 (第2弾)」の、例によって、訳の分かりにくい詩(もどき)を。


   お脳様 お脳様 (第2弾) 
 Come back to me!  


 私のお脳様 あなたは、本当に気まぐれ浮気性
 あっちへ フラフラ こっちへ 道草
           じっとしてイナイ

 だから、記憶飛び、思い飛び、
 瞬間的に、私の頭に、逗留する

 飛んでとんで回ってまわ~る~
     振れ幅も 大きくて
 だけど、時々は、一点を凝視したりする

 そんなあなたと つき合って64年余
 つき合いにくい奴ヤなぁ、と思いつつ
 だけど そんなあなたが好きだから
 あなたの好きなアミノ酸
 きょうも準備して待っていますから 
 機嫌直して 還ってきて

 Oh No! と言わずに
 シェーン, Come back to me! ならぬ
 お脳様, Come back to me!プリーズ!
 



※ すみません。お時間取らせて・・・。ヒマ人(それも少しアリマスが)としてだけでなく、世の皆さまに、くすぐり笑いをお届けしたいと、年甲斐もなく書きました。第1弾は、3月28日号のブログに載せていますので、よかったら、ご参照ください。

※ 私のブログのファン(?)が、約3名増えて、困った・こまった・コマドリ姉妹・・・ブログを休みにくくなりました。嬉しい悲鳴! トホホッ! です。  

2008年05月21日

キロにそよ吹く

 連日、長い文ばかりだと、ご高齢につき、息切れ気味になりますので、本日は、俳人(?)「face08夢想花」に戻って一句。世は台風が来ているというのに、全くKYな俳句でありますが、折角、つくった俳句ですので、“日の目”をみせてやりたく、KY・KYで押しまくりますicon09

    キロにそよ吹く
     


     仕事終え 岐路にそよ吹く 初夏の風      

                          ・・・じゃぁ、なかった


   仕事終え 帰路にそよ吹く 初夏の風


 日本語は、難しい。ビミョ~。何度「岐路」に立ったら、気が済む、ねん、と言いたくなるような、あわや、パソコンの入力ミスでした。この程度は、極めて個人的で、社会的な影響はない。だが、あなどるなかれ、p@あs(アレ?)・・・いやいや、パソコン。お粗末。本日は、集中力もお粗末kao12

 別の声・・・誰ヤッ!  
(体重の)キロにそよ吹く
 と言うのは?! キロきろするなっ! ちょっと、おちょけすぎ、メッ!iconN36!!

とにかく、風に乗って、一路退散    
  ♪ サイクリング、サイクリング、やっほ~、やっほ~ kao05
懐かしい、小坂一也さんの歌声と共に・・・退散シマス。
 
      

2008年05月16日

花の言葉 

       花の言葉 
 
  テレビ番組「NEWS ZERO」のHPをいろいろクリックしていたら、華道家・假屋崎省吾さんの、花から学んだ言葉、「か・き・く・け・こ」が、載っていました。ちょっと、紹介させて頂きます。

「か」は  感謝
「き」は  緊張感
「く 」は  くつろぎ
「け」は  決断
「こ」は  好奇心



 私も、生意気ながら、それを真似して、

「あ」は  有り難う
「い」は  イイ気持ち
「う」は  うれしい
「え」は  笑顔で
「お」は  お気に入りの人生を歩きたいなぁ


・・・ちょっと違うかな? ノー・天気の、私の言葉「あ・い・う・え・お」でした。

【補足? 蛇足?】 お気に入りの人生は、おそらく、「誰もの“夢”」。
“お気に入りの人生”を歩んでいるようで、歩んでいないようで、先人もサマザマ申されています。その一例


 人の一生は重荷を負ふて遠き道をゆくがごとし… 怒りは敵とおもへ
                               (徳川 家康)

 毀誉褒貶の激しい徳川家康。すべて納得できる訳ではないけど、学べることも多い人物でした。

苦労して、人生の辛酸を嘗めて、初めて、“自分のお気に入り”が分かるのかも知れません。それに「怒り云々」というのは、「ぷっつん切れたらダメだよ」という意味にもとれますヨネ。私も、怒って、随分、失敗をしてきました。
  また、西川きよしさんの言葉に


        小さな事からこつこつと

と。何ごとも、小さなことから始まるのですよね。例によって、ひとことふたこと余分且つ迷走強引気味のワタクシでした。


 なお、もし假屋崎省吾さんと徳川家康公と西川きよしさんの人生の一端を見たい、という方は、次のアドレスをクリックしてください。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%87%E5%B1%8B%E5%B4%8E%E7%9C%81%E5%90%BE

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E5%BA%B7

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%B7%9D%E3%81%8D%E3%82%88%E3%81%97


  

    笑えるウソを 四月馬鹿

  kao05「四月馬鹿」を勉強しようと、インターネットを検索しましたら、次の記事を発見しましたので、そのアドレスを3つご紹介します。
   
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E6%9C%88%E9%A6%AC%E9%B9%BF

http://mtshadow.hp.infoseek.co.jp/zatu/zatu4.html

http://www.php.co.jp/today/04-01.html
 このアドレスをクリックしたら、次のことも書かれていました。4月1日、あのとき、こんなこともあったんだ、あったんだと、当時のことを思い出していました。(載せさせてくださいkao08 水泳

 ◆過去の出来事・トピックス

「島原大変、肥後迷惑」雲仙普賢岳大爆発(1792)
宝塚少女歌劇第1回公演(1914)
売春防止法施行(1956)
「木島則夫モーニングショー」始まる(1964)
50 0 円硬貨発行(1982)
全国初の第3セクター「三陸鉄道」スタート(1984)
NTT、日本たばこ産業、民営化して発足(1985)
男女雇用均等法施行(1986)
国鉄分割、JR発足(1987)
消費税スタート(1989)
大阪で花博開幕(1990)


 そして、先日引退を表明した桑田真澄投手(1968)の誕生日が、きょうだとのことです。野球に打ち込んで、高校野球からプロ野球、そして米メジャーリーグへの挑戦と、その一生懸命さが夢と努力の大切さを私たちに示してくれました。ご苦労様、そして有り難う。

※ ガソリンの値下げも「四月馬鹿」に終わりませんよう、とface08願いつつ、安くなったらガソリンの使用が増えて、地球温暖化を加速しないか、と心配face07もする4月1日です。ここで一句。

   思わず「プッ!」 笑えるウソを 四月馬鹿  

2008年03月31日

aH 2

 ほんの30分ほど前に投稿した記事の続きを、今、お送りするのは、いささjか気が引けますが、aH 研究のプラス面も強調したくて、UPします。

    aH  その2

  face02一方、プラス的な、笑いの量の計測化の効用を考えると、番組の中でもあったが、笑いの量の大小が商業的価値につながる可能性、さらに医療的には、免疫力向上との関連性を科学的に追求できるだろう。

  また、笑いの「普遍化」というか、誰でも笑えるface02「価値ある笑い」も数値化できる効用もあるだろう。しばしばこのブログでも触れているように、今のお笑い芸やテレビ等での笑いの中には、高齢や容貌をネタにして、誰もが笑えない笑い(?)が笑いと勘違いされ振りまかれていることが、しばしばある。

face08face05観客や聴衆の誰face09face06もが傷つくicon07ことなく、一様に、抵抗感なく笑える、普遍的価値を持つ「良質な笑い」の実証にも役立つだろう。「良質」とか言えば、それだけで、道徳的管理的だとのそしりがあるかも知れないが、現実に、エセ的な笑いによって傷つけられる人にとっては、笑いの質は深刻な課題であること、あることである。また、それがイジメのテクニックにつながりかねない状況にあることも、笑いの量を計測することへの期待をふくらませるicon06icon14

 さまざまな思いを乗せて、私の aH への思いは、高まっていく。木村教授、期待してます。
 


※ 前回と今回の記事の「笑い」については、昨年の大晦日12月31日と今年の2月6日と7日に載せていますので、ご参照ください。  

2008年03月30日

aH(アッハ)

face02     aH(アッハ)

 icon13テレビの「笑いの科学」とかいう番組で、笑いの量を計る単位として aH(アッハ)というものが紹介されていた。考案し研究されてきたのは、関西大学のface07木村洋二教授。笑うとき、脳から指令が行って「横隔膜」が振動することに注目し、その振動量が笑いの量を計測する aH という笑いの量の単位、になるという。

 icon06およそ、笑いには「腹の底からの笑い」「愛想笑い」「作り笑い」「薄笑い」等、さまざまな笑いがある。教授によると、笑うのは「人間」だけで、「笑い」を研究すれば、人間の特質理解につながるというのが、研究の動機だ、と言われる。



 ここから先は、番組の中でも語られたこととチャンポンになりつつも、基本的には、aH に触発された私の考えです。

  笑いまで、数値化して、人間を管理するのかkao12? ・・・という危惧、当然(?)に、も起こってくるだろう。人間の未知な部分を残しておきたい、というのは、人類が月世界に着陸したときに、月でウサギが餅をつく、という夢が破れるという声もあったことから伺える。。。それは、人間の尊厳というかカリスマ性というか神秘性を大事にしたいという「郷愁」というか「素朴なモノへの懐かしさ」であろうと思うし、それはそれで貴重なこと。まして、あってはならないことだが、為政者が管理するようなことになって「笑いのファシズム」のようなものに利用されていってはたまらない。・・・というのが、マイナス的な懸念。   
(長くなりすぎますので、効用のプラス面についての考えは次回にまわします。)


※ 昨日、息子と妻と私は、焼き肉屋さんへ行きました。息子は私に「誕生日おめどとう」、それから乾杯、うれしいような恥ずかしいような、それでもうれしかった。息子に、お笑いコンビ麒麟の田村裕さん著の「ホームレス中学生」を買ってプレゼントしました。人生いろいろ、荒波を乗り越えていって欲しい。
 今朝、パソコンのトラブルで1時間強、格闘。パソコンの先生に「SOS」をお電話で発信したら、たちどころに解決のヒントを与えてくださいました。感謝です。
   

  こころのフランス革命や!                                     ・・・を??!

 本日午前零時、face0864歳とおさらばして、65歳になります。うれしいような寂しいような、と言うよりは、64歳と別れることの方の寂しさの方が大きい。これまで、誕生日を数々迎えてきましたが、こんなにしんみりと自分の来し方を思った誕生日もめずらしい。

 昨日は、何かの時にふと、64歳の意味を考えていました。65年前、私の誕生を戦時中に迎えた両親kao01kao02も、今はいません。兄kao07・姉kao05・兄kao04も他界しました。
 孫たちも、私のことどう覚えていてくれるかなぁ、特に1歳ちょっとの孫face03は・・・。7歳の孫face04にもものごころつかないときから、私の携帯の着うたの「大きな古時計」を歌って、私を覚えていなくても、歌っていた人のことを心に留めて、元1歳現7歳の孫に歌って聞かせていました・・・ということを思い出していました。そう言えば、娘face05にも息子face01にも、ものごころつかない頃から、適当に編曲(?)した唄を歌っていました。

 一昨日は、昼に、図書館横の山の登り口にある広場で弁当を広げて、妻と娘と孫2人が、私に「ハッピー・バースデイ・ツ・ユー」iconN07を歌ってくれました。その時に、7歳の孫が「おじいちゃん、これで、頑張って練習しいや」と渡してくれたプレゼントが“初めてピアノを弾く人や久しぶりの方にも役立つ模範演奏CD付き・・・ピアノ・ソロのだめカンタービレで弾くショパン”でした。中を見ると、私のレベルでも食いつけそうなほどの易しい楽譜・オタマジャクシが並んでいます。先日、孫の発表会で、高校生らしき人が弾いていて、私が感激した革命」が入っています。

   ワー こころの フランス革命や!!
   めでたさも中ぐらいなり オラが春


 どこかで聞いたようなフレーズを反芻しながら、少しずつ、65歳への挑戦の構えが心の中に湧いてきています。それでも、まぁ幸せな老後や、贅沢言わんときや、有り難う思いやface07、と自戒しながら、今、パソコンに向かっています。



※ 昨日、妻も、パソコン初心者講座を習おうかな、と言っていました。クラブの会員さんにススメて頂いたようです。「習い、ならい」と私もススメました。その妻が、寝る前にオムツを着けた我が家の犬いぬ・・・3月で我が家歴17年に突入したようですが・・・が、ドアーの向こうで、今、オムツをして寝ています。  

2008年03月28日

お脳さま お脳さま

 「大脳辺縁系」いきいきを実践されている方々に感激した昨日のブログのつづきです。

     お脳さま お脳さま

 私の意志の弱さと人生先輩の会員さんkao02のおススメ上手に乗って、私は予定外の飲酒をし、帰路、別のface05女性会員さんの車にススメ上手の男性会員さんと一緒に乗せて頂いて、家まで送って頂きました。小雨降る中、本当に助かりました。女性会員さんの旦那さんface07が、きょう「定年退職」の宴とかで、駅へ迎えに行くと言っておられました。何年か前、私も定年退職の日を迎え、なにか切なかったことを思い出しました。先日、テレビで松本幸四郎さんが「60過ぎてから、人生の始まり」みたいなことを言われていましたが、それまでの人生もすごく重いものがありますが、定年後の人生も別の味があって、、「大脳辺縁系」をどう自分の味方にしていくかについて、それはそれで面白い、と言うのが、私の実感です。

 家の玄関のドアーを開けた所に犬いぬが寝ていて、寝ながら、薄目をあけて、シッポを2~3度振って、帰宅を歓迎(?)してくれました。部屋に入ると、若い頃の職場の同期生会の知らせと、先日のBOROさんのコンサートで知り合ったご夫婦から手紙が来ていて読んでいたところ、妻face06が、例によって酒を飲んできたことをグジグジ文句を言い出しました。かまわず風呂に入って、寝て、先ほど目が覚めて、ブログを書いていますジャンジャンの昨半日からきょうでした。妻にも、「大脳辺縁系」いきいきのススメを提唱していこう。最後に、私の生涯に関わっている私の脳「お脳さま」への感謝と誓いの言葉icon06をひとつ。


     お脳様 お脳様

お脳様  おのうさま
年取った今は とりわけあなたが頼りです。
あなたを大切にしますから
好き嫌いを言わぬよう 感謝して食べ
あなたの好きな栄養 とりわけアミノ酸
適度な休養 適度な運動と刺激
あなたの部下の手足を使い
指を使って
あなたの宿主のお体さまを大切に
クヨクヨすることを減らし
楽しみを あなたに提供して
あなたの機嫌を損なわぬよう
あなたを大切にしますから
どうか いきなり 
Oh No! 「おーノー さま」、となりませぬよう
御願い奉り申し上げまする。


※ この記事は、27日早朝に書きました。上の詩(もどき)は、私の年齢からは少し恥ずかしいのですが。羞恥を超えることがface08脳の活性化につながると心得まして、敢えてしたためました。








  

2008年03月27日

大脳辺縁系のススメ

パソコンクラブ「大脳辺縁系」いきいき 

 昨日、といっても半日ほど前、パソコンシニアクラブの総勢たしか14名の総会と夕食懇親会がありました。

 総会に先だって、レクのグランド・ゴルフがあり、私face08は、なんと、人生で2度とないであろうホール・イン・ワンをやってのけ、内心秘かに「自慢の鼻」をピクピクうごめかしていたところ、10分ぐらいあとに、別グループの男性会員face10もホール・イン・ワンをされまして、私の鼻もたちまち「修正」されました。4人一組でプレーし、私のグループにはパソコンの女の先生も入っていて、日頃、冷静な感じのする先生face06が、意外にイラチで、ボールが言うことを聞いてくれない、ということで、ぷんぷん怒って、ボールゲートに八つ当たりして面白かった。私は、例のお節介・講釈したがり癖が頭を持ち上げて、先生に、ボールの行く方向に平行して足の位置を定め、手振りではなく、腕全体で、ボールの真っ裏を打つよう、そして、ボールの打突の強さはともかく、ボールのコースだけでも狙った方向に行くよう、私は全く初心者なのに、生意気にコーチングしました。先生は柔軟素直な頭でそれを受け止め、終わり頃には打ったボールのコースがかなり“納得路線”になっていきました。グループの別の二人の方も、思うにならないボールの行方に一喜一憂・・・どの親も、言うことを聞かない子どものことを心配するように・・・はらはらドキドキ、その内の一人の方はスコアー付けもしてご苦労さまでした。


 総会のあとの夕食懇親会で、隣り合わせた女性会員face05さんと話をし「明るく楽しく逞しく」「孫の目線に合わせて」という人生訓を教えて頂きました。カラオケで、私は、永淵剛さんの「乾杯」と松山千春さんの「恋」を歌い、特に「乾杯」の2番はカラオケ大好き女性会員face01さんと合唱しました。彼女は、日頃の鍛錬を偲ばせるいわゆる裏声のようなの声も駆使され、私のようにマイクのエコーに頼る声でない声で歌われました。トリに、お二人のface05face02女性会員さんが、女学生のような初々しさで、恥じらうように「安曇野ナントカ・・・」という私が聞いたことのない歌を歌われました。

 最後に、幹事さんface02のご苦労でビンゴ・ゲームと矢を的に当てるゲーム(名前がどうしても思い出せない)があり、会員さんお手製の賞をゲットしました。


icon14iconN07
 このクラブには、いわゆる「前向きな」生き方をしている高齢の方が多く、私の推測では、「大脳辺縁系」が丈夫で、kao05活性化している方が多いように思います。感情表現・意欲・好奇心を司る「大脳辺縁系」の活動が豊か、ではないかと、聞きかじりの知識で、face08私なりにまとめてしまいました。
       (あまりに文が長くなるので、明日につづけます)

 

  

 本当は、BOROさんのコンサートはすごく明るかったのですヨ。それを私が考えすぎて、重くしているというか、重くした記事が昨日なのですネ、と反省しています。。きょうも、重くなるかも知りませんが、しょうがない夢想花の奴やと、苦笑・ご寛容の程を・・・。

守備と打撃のコラボレーション?

過去・・・過ぎし多くの日々は 
             自分のことに一生懸命
子どもの時や 思春期は 
   自分のことが中心で
      自分の行方を阻む
              他人がうっとうしい
壮年になって 生活に仕事に追われ
      馬車馬のように走ってきた自分


今、「思秋期」は そんな過去を振り返り
   自分以外のことにも少し目が行き
   余計な一言を発して 他人にうっとうしがられ
   だから、それを避け、受け入れるために
      ほどほどに枯れよ、との「諦観」のススメ


子ども 思春期は 上り坂
壮年期は 息せき切って
   自分のことに一生懸命だった過去
思秋期は 息喘ぎつつ
   少しまわりを見渡せて
   だけど出番は減ってきて
   だけどそれなりに工夫して生きている
                    わが思秋期


どの時期も 
さまざまに それぞれに 大切な出会いがあったはず
だが「一期一会」の重さが違った

愛も 人生も 分かりようもなく うろたえて
それは 今も「進行形」
人の大事さ 出来事の大切さに
   気づいたり 気づかなかったり 
     気づかなかったフリをしたりして
悔いも 満足も 自己嫌悪も 成就感も
人生の守備と打撃のコラボレーション、
             と言ってみたりする
「字余り」「字足らず」の わが人生

だけど 「字」は いっぱい 書いてきた



※ 例によって、訳の分からない、私の頭の体操みたいな詩(もどき)ですみません。すっかり「マイ・ウエイ」調の詩(もどき)ですネ。カラオケで、「マイ・ウエイ」をしたり顔で歌ったら、若い人にイヤがられるらしいけど、KYの私ですから・・・。

  ドアーの向こうで寝ている我が家の犬も、長く守備と打撃のコラボレーションをしてきました。今はやや守備一方のようですが・・・。いつか攻撃に転じて欲しい。
  

2008年03月24日

一期一会満つ熱気

 一昨日になりますが、BOROさんのコンサートを、見、聴きました。このコンサートは、湖東のある町の商工会議所が主催し、私が愛用しているお酒の蔵本さんが場所を提供して、軽食(とパンフレットには書いてあったけど、決して「軽食」ではなかった夕食、鮒寿司の他10品以上あってすごいご馳走)と蔵本さん醸造のお酒をたらふくよばれ、Boroさんのコンサートも入れて4000円、実に熱気に満ちた内容の濃い3時間弱でした。

  BOROさんの言葉「一期一会」から

  実は、私face08は歌にうるさいと言いながら、不明にも、BOROさんのことを知りませんでした。彼の「大阪で生まれた女」は、よく耳にしてましたし、何かの弾みでちょっとだけ口にしたこともあります。
  のBOROkao01さんが1時間強、ギターを弾き、熱唱し、しゃべりました。

  帰ってから、インターネットで検索したら、彼は、現在54歳、1979(昭和54)年にデビューのミュージシャンとありました。彼がデビューしたのが25歳、私はその時33歳。私が25歳の時はもっと訳が分からなくもがいていたな、と、様々思いを巡らしました。とまぁ、そんなことはともかく、今はもっと早く知っていたらヨカッタノニ、と思ったりしました。


 今般、コンサートを聴いて、彼は、メッセージをユーモアと話術と歌唱でくるみながら、聴衆の心にうまく届けてくるなぁ、と思いました。そこで、彼のメッセージをいくつかお伝えします。


 (そのために、私は、聴きながら、彼のメッセージを覚えておこう、とやおらポケットから、紙とボールペンを取り出し、メモしました。ちょっとイヤらしい客ですねぇ! これも、ひとえに、彼の話を覚えておきたい、またブログでも皆さまにお伝えしたい、という情熱の発露とお受け止めいただければ幸いです)。。。。。

  会場の雰囲気や彼のトーンはお伝えできませんので、できるだけ、想像力を働かせてお読みいただきますようお願いします。

  (私のメモ書きは、もともと字が金釘流である上に、薄暗がりの会場での殴り書きですので、後から読んだら、「判別不能」の文字らしきものが並んでいました。ですから、私の不確かな記憶と金釘流メモを合わせて「復元」しましたので、BOROさんの言葉は、そのままの復元ということではなく、「発言の趣旨」という風に、ご理解くださいますようにお願いします)。。。。。


<メッセージ①>
 kao01今、自分は、「一期一会」という言葉を、大切に思っている。もっと早くにこの言葉を知っていたら、もっと大事なことに気づけたはずだし、3歳ごろに誰かに教えて欲しかった~~~!!!
と。

・・・私「夢想花」も極めて同感です。若い頃、短慮・浅はかというか、無思慮・傲慢というか、のあまり、大切さに気づかず、無思慮に人や出来事と関係を切ったこともあるし、切られたこともありました。大事なことに気づかなかったというか、それが、悔いというか、それが人生というか、誰もがそうして人生を歩んでいるのだと自分を慰めたり、というか過去に私を通り過ぎた人や出来事のことをよく思い出しますし、私も誰かや出来事を通り過ぎたことでしょう。

 年とって、だんだん忘れられ、真ん中から外側に追いやられる(?)年頃の人になって(ひがみkao12?! 日本の今の社会では、一部お笑い芸やマスコミの影響もあって、年寄りを、高齢という理由だけでバカにして恥じない人もけっこういる)、年とって気づいた大事さ故に、人が恋しいけれど、相手にされることが減ってきて、だから自分は、忘れられ「枯れた」ようになることに自分自身を置いた方が無難なのかな、と思ったり・・・、ということに昨今ひしひしと感じている私です。だから、ピアノやブログで抵抗もしているのだけれども・・・。こんな愚痴ともとれる言いぐさを、理屈っぽく言う年寄りも珍しい、と自戒自嘲しているけれど・・・。
  ともあれ「一期一会」という言葉は、人生をしっとりと、振り返らせ、見つめさせる言葉だとBoroさんの言葉を反芻して考えています。私のコメントの方が長かったかな?! ここで下手な一首を・・・。



    わが耳に 一期一会の 残響哀し
        老いにひとしお 人恋しくて
   
                                   


※ BOROさんの公式HPのアドレスです。
http://wmg.jp/artist/boro/index.html

                      (つづきます)  

              やや虚脱

 コンサートが終わって、1年間あった「目標」が、ぽかっとなくなり、やや虚脱状態です。瞬間「ぽかっ」「ぽけっ」としています。

 下手は下手なりに、やってよかったと思います。
 経験しなければ、決して分かることのなかった領域に“足”を踏み入れた、技術がまだまだなのに、よくやって、と自己嫌悪までいかずとも自己羞恥という感情に少し襲われるけれど、“足”を踏み込んだ“第一歩”は、私のこれからの人生に、ひとつの意味を持つだろう。

 ただ、しばらくは、ピアノからもやや、遠ざかることになるだろう・・・。しかし、すぐに弾きたくなるだろうし、次の機会ある日のために、バージョンアップしていくための“いろいろ”をやっていくことになるだろう・・・てなことを思いながらも、しばし虚脱。“虚脱”・・・この感覚もワルくない。

 何やかや理屈をつけて、ピアノと、夜中に“静かな音”で私とつき合ってくれたキーボードを横目にして、また、何やかやのことで、自転車操業の人生を送るか・・・と、自分に言い聞かせる私でした。


         空   洞

 抜けること 抜けること
 抜けて抜けて いっぱい“空洞”ができたら
 新しいモノが 入りやすい

 抜けること 抜けること
 抜けて抜けて いっぱい“空洞”ができたとしても
 その“空洞”のどこかに 
  過去の記憶と 培ったDNAを へばりつかせて

  したたかに しなやかに
  何食わぬ顔をして “空洞”は“容量”を増して
        “空洞”は、“新しい客”を受け入れる

  抜けること ぬけること ヌケルコト
          それも、イチバン大事



※ 例によって、face08訳の分からない詩(もどき)です。昨日は、朝、シルバ-さんのお世話によるチラシ配りで歩きたくり、夕方は、BOROさんのコンサートを見、そして聴きました。ヨカッタ、コンサートもそれを主催しお世話してくださった地元の方の熱意も・・・。また、新たな出会いもありました。また、コンサート前に、ピアノの先生に電話し、「昨日の病院での人生初コンサートの後、ちょっと自己嫌悪」と言いましたら、「なんで~、素晴らしかった、感心しました」とのコメントをいただき、少しホっとしました。
 我が家の犬いぬくんは、昨日、ぽかぽか陽気をむさぼって、私のいた時間帯は、ひたすら寝ていました。今も、ドアーの向こうで、寝ています。  

kao08 宿題、終了。安堵あんどなごり雪。 
 感謝と道連れ、“睡魔くん”の笑顔再登場です。


 face08きょう夕方、やっとほぼ1年間の宿題を、終えたような気持ちです。

 実はきょう、午後4時から約40分ほど、地域の病院の患者さんに対して、私メの人生で初体験の「ピアノ・コンサート」iconN07というものを、やっちゃいました。司会の方のご紹介に促されて、私face08とピアノの先生face05の登場。

  まず、face08病院の司会の方のご紹介、登場、若干のおしゃべりに始まって後、「グリーンスリーブス」演奏とおしゃべりと私の下手な自作の詩の朗読、その後、「愛の讃歌」、「なごり雪」、「神田川」、「小さな木の実」演奏とおしゃべりの繰り返し。ピアノの下手な分を、下手なおしゃべりでカバーといった図式でした。

face05最後に、ピアノの先生の伴奏で、会場の