2008年06月17日

変貌! 岩隈投手

 最近のNHKTVと朝日新聞記事と何年か前の私の記憶から、お送りします。

         変貌! 岩隈投手

 以前は、自分が気持ちよくなるために投げていたけれど、肘の手術などあって不振が続いたあとは、チームの状況を見ながら、投げられるようになった。

・・・とは、東北楽天ゴールデンイーグルズのエース岩隈久志投手の言葉です。彼は、近鉄が2004年シーズン終了後、オリックスに吸収合併された際に、ファンを無視したような一方的な球団オーナーのやり方に反発して、オリックス移籍を拒否した、反骨心のある選手です。当時、ビジネスの厳しさを知らん、甘えや、とか非難されていたこともありましたけれど、私は、ロッテ・ファンですが、岩隈投手に限っては、敢えて問題提起をする反骨心というか世渡り下手の行動に感銘し、以後、秘かに応援していました。

  すったもんだで、楽天に移籍してからは、それまでの投球の2段モーションのプロ野球連盟の禁止措置に対応して、いちからフォームの作り直し、さらにそのための練習の無理のせいか肘を痛めて手術。3年間は、成績はもう一つ、不振続きと言ってよい状態でした。

その逆境から這い上がって、今シーズンは、前日の岩手・宮城内陸地震のための中止の翌日15日のKスタ宮城球場での対巨人戦を完封して、10勝ラインに早くも到達。そのときのインタビューに応えての言葉だそうです。

  彼は、近鉄時代は、速球とスライダーにものを言わせて三振を取ることに喜びを持っていた投手だった、ということでした。・・・それが、3年間の口惜しさを克服して、今はチームの状況を見て投球できるようになった。だから、変化球でゴロを打たせるピッチングに変わってきた。

  この変化は素晴らしい。挫折や苦労を越える努力をして、人は変わっていく。豊かに深く、まわりの状況を思いやって、自分の内面を掘り下げていく。そして、、「地震の被災者のためにも、球場に来てくれたファンのためにも、勇気を与えられるような試合がしたかった」・・・と。謙虚に自分を見つめ、成長する姿に感動!

  それにしても、NHKの女性アナウンサーが、岩隈投手の「甘いマスクがいい」みたいなことを言っていたのには、NHKまでもが、そういうことを言うのか(!)、としばし慨嘆! シマシタ。
これは、チョット、余談であり蛇足気味ナレド、少しチクリと、言いたかったコトデシタ。 

※ 例えば、岩隈投手、テレビ「CHANGE」の朝倉総理(この人は架空だけど・・・)、そして中田英寿さんもそうだけど、若者のまっすぐな思いが、もっと、社会に伝わってもイイのではないか? この3人のように有名でなくとも、日々、誠実な努力をしている若者も多くいることも、マスコミは伝えて欲しいし、それが、多くの人に勇気を与える。今、若者の突出した華やかな面や否定的な斜に構える面ばかりが強調・喧伝されていて、日々、目立たないところで頑張っている若者の声が正確に伝わって来ていない。 今までの社会のツケを、若者や子どもたちが無用に背負うことのないよう、若い人も、どんどん、声を上げて、次なる社会を造っていきましょう。


 ~~~     ~~~     ~~~
【低炭素 勝手に協賛 キャンペ~ン!】
洗剤やシャンプーを使い過ぎず、適量、使いましょう。  

Posted by 夢想花 at 00:05Comments(4)TrackBack(0)共感・頑張って!

2008年06月05日

愛の反対語は?

 昨日、最高裁で、日本の社会に一石を投じる判決が出されました。

     両親の婚姻を国籍取得の要件とする
   国籍法の規定は違憲


 結婚していないフィリピン人の母と日本人の父の間に生まれ、生後に認知された10人の子が日本国籍の確認を求めた2件の訴訟の上告審判決で、最高裁判所は4日、両親の婚姻を国籍取得の要件とする国籍法の規定を違憲と判断し、10人全員の日本国籍を認めました。最高裁が法律の規定に違憲判決を出すのは戦後8件目らしいです。最高裁の違憲判断により、国会は国籍法の改正を迫られることになります。

 母親が日本人であったり、胎児のうちに日本人の父親が認知していれば、子どもは日本国籍を取得できていたのですが、生後に日本人の父親が認知した場合、両親が結婚していない、そして母親が日本人でないという理由で、子どもは日本国籍の取得を阻まれていました。阻んだ根拠は「国籍法」。

 子どもに責められるべき罪は、全くありません。子どもにはどうしようもないことで、国籍を持てないことの不利益を背負わせていた・・・むしろ責められるべきは、日本の法体制であり、社会ではなかったでしょうか? 今回の判決は、遅まきとは言え、そうした現実に一石を投じる判決でした。私も、今まで、申し訳なかったけど、この件について、あまり知らず、勉強不足でした。私も含めて、知らなかった・無関心という状況が世論を高まらせることもなく、10人の子どもたちにとっての大変な矛盾を支えていたのだと、判決を聞いて思いました。

  マザー・テレサこと本名アグネス・ゴンジャ・ボヤジュの言葉です。
 なお、少し注釈を加えますと、広くマザー・テレサという呼称で知られていますが、厳密には、「マザー」は指導的な修道女への敬称であり、「テレサ」はカトリック教会の修道名だそうです。は、ともかく・・・、次のエピソードが残っています。。。

  マザーテレサがある人に「愛の反対語は?」と聞きました。その人は「憎しみ」と答えた。マザーテレサは返して「憎しみは愛に変わる可能性がある。無関心は愛には絶対ならない。愛の反対語は『無関心』だ。」・・・と。

  限られた時間、生活に追われてすべてのことを知ることはできませんが、目にふたをして見ないようにすることは、避けたいものです。昨日のブログでも、政治について、委任状を渡す人、渡される人お互いに顔を見ることの大切さを、申させて頂きました。可能な限り、勉強をして、知っていきたい。
 ごめんね、10人の子どもたちに心の中で謝りつつ、一緒に、社会を造ってゆこう、あなたたちの提起と最高裁の英明な判決が、国会と社会、日本を前進させるものであって欲しい。有り難う!
 


※ 結婚していない両親の間から生まれた子どもの国籍問題については、次のアドレスをみてください。勉強になります。

http://www.nikkei.co.jp/neteye5/nakamura/20050519na85j000_19.html  

Posted by 夢想花 at 01:17Comments(14)TrackBack(0)共感・頑張って!
 琴欧洲が、大相撲で優勝しました。ブルガリアから、単身、来日。長い、ながい苦労の末に、勝ち得た優勝。お父さんが、応援に来ていました。

        琴欧洲、初優勝!

 優勝決定後の親子の抱擁。「親孝行」・・・今、日本では、語られづらくなった“親孝行”の3文字を、欧州から来た青年が、私たちの眼前に、運んできてくれました。彼は、元レスリング選手。欧州ジュニア王者にまで なったが、家族を支えるために19歳で来日したそうな・・・。彼は、インタビュウアーの質問に答えて「やっと掴んだ」と答えます。 “苦労”“辛抱”・・・日本では、使われることの少なくなった言葉をも、彷彿させる彼。国際化の進む大相撲。だけど、一方で、日本人が忘れつつあるものを、逆に、多くの外国人力士が体現しているようです。 だけど、やっぱり、大相撲は、ドラマやねぇ。口惜しさも、悲しみも、喜びも、凝縮して見せてくれるドラマですねぇ、おめでとう、琴欧洲関!!!   


【蛇足? 補足? 郷愁?】 私の小学生から中学生の頃は、横綱千代の山、鏡里、吉葉山、栃若時代。誰が早かったか、後だったか、私の記憶が曖昧で、その順番は定かではないですが、とりわけ栃若の技の応酬に興奮し、地面に石ころや釘で土俵の円を描いて、その上で、連れの悪ガキと相撲取るのが、日課でした。当時の楽しみは、相撲とセカンド・ベースなしの三角ベースの野球。グローブは、素手や紙で作ったもの。それでボールを受ました。相撲に話を戻しますと、栃錦が、なぜか好きで、その加減で、彼が所属していた春日野部屋が好きで、だから後に大関になった栃光の押し相撲も、小兵横綱栃ノ海の業師ぶりも好きでした。私の得意技は、押しと、どういう訳か出し投げ。だけど、よく負けた。友だちの中には、鎖骨を折ってもなお、相撲をしていた人もありました。それに大相撲をやめてプロレスに転向した力道山に、興奮しまくりました。以後、柏鵬時代、玉の海、千代の富士、最近では若貴時代。歌は世に連れ、世は歌に連れ。と同じく、お相撲さんも、世の光陰を、強く、彩っていました。昔は、「故郷に錦を飾る」というのが、他郷へ志を持って働きに出る青年の大きなモティべーションだったのですが、それも、朝青龍や白鳳、琴欧洲関などによって体現されているようです。「気は優しくて力持ち」・・・漂流している日本の“男の子”像の復活が、少しは、アッテモイイのじゃないでしょうか、と、ノスタルジーする私でした。

※ なお、この文は、あくまで、相撲の一ファンとして、私の情緒的な記憶というか印象を基に書いた文でありますので、時間の前後が不確かで、また触れていない力士も多くいます、という前提で、お読みくださいますよう・・・。文中の力士から、少年から大人になってからも、私が夢をもらってきたように、本来、大相撲は、夢を与えるものであって欲しい。
 ここで、“勇み足”気味の詩(もどき)を・・・。


      土  俵

人生の 光陰織りなす 大相撲
負けるも 勝つも 繰り返してきた挑戦の末
   土俵に浸みる 汗 涙 そして 

       

Posted by 夢想花 at 00:05Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!

2008年05月10日

澄んだ水を・・・

 一昨日になりますが、「NEWS ZERO」というテレビの報道番組で、サッカー選手を現役引退した中田英寿さんの、世界各地を見て歩きの記録が報じられていました。このブログの4月18日号でも触れましたが、彼は、引退後、世界各地を自分探しの旅をして、自分がやるべき何かを発見しつつあるようです。以下、番組を見ての、ややうろ覚え気味の再現(?)および感想です。


       僕が見た、この地球。
           澄んだ水を・・・

 人間の住む地球・世界にはさまざまな環境がある。それは「自然(緑)の環境」だけでなく「社会的・政治的環境」がある。世界各地を見て、人々の世界を見て経験して、さまざまな環境について、もう一歩前へ踏み出して、考えていくことの大切さに気づいていった。彼は、サッカーを通して、それを人々に提起していきたいと言う。

 例えば、砂漠化に苦しむ西アフリカのマリ共和国の大地に立つ。一面見渡す限りの砂漠。女性は4㎞ほど離れた所から、水を汲んで運んでくる、という。。。灼熱の太陽、私たち日本に住んでいる人間にはあって“当然”の“水”を求めて、歩く。。。灼熱の太陽の下、歩いて水くみ場に行き、水を汲んで、桶に水を入れ、その桶を頭に乗せて、歩いて帰ってくる。背中には、赤ちゃんをおぶって・・・。こうした生活を続けている。
 こうした地域では、水は“貴重品”。井戸を掘っても浅くしか掘れなかった。その井戸からは、濁った水しか手に入らない。子どもたちは、それを飲んで下痢をする。水は、濁ったもの、と思い込んでいて、“澄んだ水”を知らない。
 ここに、日本とユニセフの支援で、地中深く、掘削した井戸から、“澄んだ水”が汲めると言う。この井戸で、人々の生活は変わっていく。この井戸の水脈発見と掘削のためには、人手と技術と経費がいる。

 中田さんは、サッカーの試合を企画して、それぞれにできる何かを訴えて行きたい、と言う。それが「プラス ワン」。

 旅のさまざまを収録したドキュメント「僕が見た、この地球。」が、6月2日の午後9時30分から放映されるそうです。彼の行動と訴えを、見て考えて、一人ひとりが「環境」に対して出来ることを、まずひとつから始めていきましょう・・・。まずひとつから・・・と。


次のアドレスをご参照ください。

http://www1.ntv.co.jp/zero/nakata/

http://www1.ntv.co.jp/zero/oshirase/2008/05/post_15.html

※ 昔、「ピンポン」、今「ピンポンパンだ」外交。昔は、ピンポンの球の行方に、世界は、日本中の人々は、固唾を呑んで見守りました。ピンポンの球の重さが語られました。昔、パンダは日本中を熱狂させました。今、ピンポンの球は軽く台上を行き交い、今、パンダには、全く罪はないけれど、何億円かかるか分からない経費の重さにため息が行き交っています。そうした中でも忘れてはならないことは、歴史の重さです。それも、明治以降の歴史だけでなく、太古の昔から、日中はどう交流してきたか? 私のブログを宣伝する訳でもないのですが、(実は、宣伝していますが・・・)、2月27・28・29日・3月1日号あたりを見ていただければ有り難いです。  

Posted by 夢想花 at 01:17Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!

2008年04月20日

チョ~納得

 内藤選手の話題に並んで、胸にストンと落ちた“納得”スポーツ、特に五輪に関する話題2話・・・

  納得スポーツ、特に五輪2話

① 善光寺さんが、その境内が、聖火リレーの出発地になることを辞退したこと。
  福田首相が、来日した中国外相に、チベット問題への適切な対処方を申し入れたこと。


 ~~~もし、チベット問題について、日本の国が、ノーコメント・ノーアクションで「知らぬ顔の半兵衛」を決め込んだら、世界に恥ずかしいな、と思っていましたが、善光寺さんも、福田首相も、チョー納得な行動をしてくださいました。何しろ、日本は、次のようなことを、日本国憲法に載せて、世界に誓っている国ですから・・・。そうした国が「美しい国」ということになるのでは、と思ったりもします。

「日本国憲法」の前文の一節

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


と。・・・やたらと難しい言葉が並んでいますが、身近な例を言えば「ご近所づきあいや学校や会社などで、暴力や脅迫によって弱いものイジメがされたら許しません。きちっとモノ申していきます」ということだろうと思います。
  当たり前の道理が大切にされなければ、ご近所でも学校でも会社でも、国でも世界でも、無茶苦茶になっていきます。道理を、当たり前に、主張できる社会、主張してもイヤな目に遭わない社会を造っていきましょう。


② 競泳のオリンピック代表選手の決まり方が、スッキリしていること。

~~~日本水泳選手権で、2位以内に入り、しかも五輪派遣標準記録を突破したら、代表選手になれるという、やり方は、本当にスッキリしている。代表になれた選手の喜びに本当に共感できる。どの競技団体も、スカッとスッキリして欲しいものだ。北島康介選手風に言えば「チョ~、気持ちイイ~」の一言です。




《参考資料》4月19日10時24分配信 毎日新聞
 
 福田康夫首相は18日、首相官邸で中国の楊潔チ(ようけつち)外相と約35分会談した。首相はチベット問題について「国際的な問題となっている現実を直視する必要があり、北京五輪に影響させるべきではない。中国側は解決のために全力を尽くしてほしい」と述べ、改めて中国側に事態打開へ向けた努力を求めた。
 首相は26日に長野市で行われる聖火リレーについて「日本の警察がしっかり守る」と述べ、中国の「聖火警備隊」などの警備は不要との考えを間接的に伝えた。楊外相は「ダライ側がオリンピック破壊活動を停止すれば対話の扉は開かれている」と、これまでの主張を繰り返した。
  

Posted by 夢想花 at 00:05Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!
 NHKTV「スポーツ大陸」でプロボクシングフライ級世界チャンピオン内藤大助選手の生き方に励まされました。

              内藤選手

~~~彼の言葉で印象に残ったこと~~~
  ボクは、しょうもない、嫌われてきた男です。その人間が、ボクシングを始めて、多くの人に出会い、親しくしてもらい「おい内藤、飲みに行こう」と声をかけられるようになった。ボク個人としては、それだけで満足で、十分です。ただ、ファンの人や応援してくれるの声に応えたい、喜んでもらいたい、という気持ちでボクシングを続けてる。だから、今のボクは、自分のためよりも、人のために、きつい練習をしているのです。    と・・・。

~~~おこがましくも、私の意見・感想~~~
  ボクシングは、ハングリー・スポーツと言われます。何かに飢え、それを強烈に意識し、それを克服する気持ちがあればこそ、きついボクシングに耐えられる・・・そういうことではないでしょうか。内藤選手は、中学時代にいじめられた経験があるそうです。そういう体験が、逆に、人間の愛情に敏感になって、人の愛に真剣に応えたい、ということになっていったのではないでしょうか? ただ、いじめらても、人間への信頼は、根本的には失わなかった・・・そこには親や家族、まわりの人の愛が、それまでも、そのときも、彼には、豊かに注がれていた、と私は想像しています。  内藤選手、勝手な私の解釈にご勘弁下さい。

  彼の生き方の真摯さに比べて、とても語れる私ではありませんが、彼の言葉に触発されて、私の幼い頃の“潤沢と欠乏”の経験、そして今の“潤沢”の中で(つい“感謝”を忘れがちな“潤沢”の中で)、日頃考えていることを書いてみました。

    潤沢と欠乏
 
人は、生まれて、生きて、死んでゆく。
そのことは、誰もが同じ。
だけど、生きていく上で
   時間や物や人から受ける愛は
   みんな ばらばら。

人は、時間・物・愛がありすぎると、
  それが当たり前になって、
      感謝の気持ちを忘れ鈍感になる。

時間や物や人の愛に恵まれない人が、
どれほど、
時間や物や人の愛を求めるか・・・。
私もそうだった
  物がなく、食べるものがなく
    腹ぺこが当たり前だった子ども時代
 幸いに、愛や時間には恵まれてきたけれど
    “飢え”の体験が、今の私を造ってる



だけど、そのすべてのベース(基盤)は、
  身近な人に愛されて、人への信頼があること
人の愛、人への信頼をベースに
 人は、“欠乏”からも、
      “欠乏”だからこそ
      多くを心に刻みつづける


  

Posted by 夢想花 at 06:41Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!
 30分ほど前、テレビの報道番組「NEWS ZERO」で中田英寿選手のことが、報じられていました。



 プラス ワン を持ち寄れば・・・


サッカーの中田英寿選手が現役引退後
世界への自分探しの旅に出て得た ひとつの結論
サッカーを通して 何かを伝えよう 考えよう
彼は 「プラス 1」と冠した 
        サッカーの試合を計画しているという


「プラス 1」
・・・誰もが中田選手のように、世界に飛翔できる訳ではないけれど、
誰もが各自の生活の場でも、何かを発見できる。
                    発見できる。


私の立っている場所は、小さな小さな一地点。
だけどこの地点は、世界につながっている。
            人類につながっている。
            地球全体につながっている。
また、世界も、人類も、地球も、
       この一地点に立つ私に働きかける。


それぞれの人生の、それぞれの場所での、
                      「プラス 1」。
人のために、社会のために、地球のために
               私ができる「プラス 1」
一人ひとりができる・・・「プラス 1」


小さくてもいい。
目立たなくてもいい。
一人ひとりが「プラス 1」を持ち寄れば、
社会で、日本中で、世界中で、地球上で
   幸福につながる「プラス 1」が満ちてくる。
  

Posted by 夢想花 at 00:19Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!

2008年04月02日

胸キュン

  icon06胸キュンicon07

 最近、シルバーさんのお世話で、パン作りや料理の宣伝のための冊子を各戸に配布する仕事もしている。昨日の午前中、晴れかけたら小雨が降ったりして、曇り空、風が強く、そんな天気だったので、出かけるのに躊躇して、家でパソコンをいじくりながら、CDで松山千春さんの歌を聞いていた。何曲かあって、とりわけ胸キュンとなったのが「かざぐるま」という歌。

icon11私の心は 貴方の腕の中
貴方の心は きままな風ね
貴方の言葉に 心乱れて
とまどう私は かざぐるま

まわれ かざぐるま
かざぐるま いつまでも
まわれ かざぐるま
かざぐるま いつまでもiconN07


澄明な声と心に響くメロディに乗って歌詞が迫ってくる。「迫ってくる」と言ったらやや大げさだけれど、過ぎし日を思い出して、face08胸キュンになったことは事実。

なかなか、こちらを向いてくれない人を思う女性の心をうたう「私の心は 貴方の腕の中 貴方の心は きままな風ね」が、私の経験にピッタシカンカンで、男の私kao11もけっこうジクジクと思ったりしていたし、逆に、そう思わせたこともあったらしい。あったらしいとは、私が痛い失恋をしてその胸の痛みに、ふと、私が以前に別の女性にした仕打ちも、逆にそうだったんだ、と気づいたことによる。

 何をブログに書くねん、と言われそうだが、人生は、自分の思うようにはならない、ということを前提にしつつ自分が辛い目に遭って経験をして、初めて、人の心の痛みに気づく、という教訓・・・何回か失恋もしてそれを乗り越えて、人間的には成長した。だから、得恋(こんな言葉あるかどうか知らないけれど、基本的には私の“造語”)よりも失恋の方が、成功よりも挫折の方がそれを乗り越えた時、より強く、より優しくなれるヨ。だから (イジメは決して成功なんてシロモノではない卑劣な行為だけど、無反省・傲慢と辛い・悲しいの関係というか構図は、イジメも他の事象も似ている) イジメるよりイジメラレてる方がそれを乗り越えた時、より強くより優しくなれるヨ、と言いたかったような松屋千春談義第一ラウンドの巻。

 因みに、亡くなった3つ上の兄は、青春の頃、「振られたら、振り返せ。見返せるような人間になれ」と訓じてくれた。さらにこんなことも言っていた。「女なんて、トラックの荷台に載せるほど一杯おる!」とも。ちょっと乱暴な言い方で、女性をバカにしていると思われたら困るけど、因みに、男だって、トラックに一杯乗っている。

 イジメられても、死ぬなんて事は考えずに、立ち上がれ! あなたの心はすごくいろんなことに気づいて、豊かになっている。ボクシングの内藤選手もイジメられた経験をバネに立ち上がった。ついでに言うと、学校の先生の採用試験にも挫折やボランティアや別の職業経験等、苦労も含め、さまざまな経験がもっと重視されたら、またお医者さんや政治家にも経済的に恵まれない若者たちがなっていけるシステムができたら、日本の教育も医療も政治も、質的に変わっていくのにと思ったりもする。

 でもそれにしても、時々は、得恋も成功も欲しいよね、そしてしばらく得意の絶頂、それが行きすぎたらやや傲慢の境に浸りたいよネ。得恋や成功つづきだと、人間は傲慢で馬鹿になるかも・・・と、さまざま思いながら(実はブログを書く際に考えたことも多いのですが・・・kao08)、「私の心は 貴方の腕の中 貴方の心は きままな風ね」をしんみり聴いていました。ドアーの向こうで、最近ただひたすら寝ている我が家の女性犬も聴いていました。話があちこち行きましたが、禍福はあざなえる縄の如し、の大団円。   
  

Posted by 夢想花 at 01:02Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!
face08だが、こう考えている。「死ね」とか容貌をバカにする発言は、目の前に被害者がいる。
だけど、「そんなのカンケ-ねぇ!」は、たちまちには被害者がいない。というよりは、学校の先生親とかいうような目上の人の言うことを、笑いでハグラかしてしまう、生きていく上での知恵というか、したたかさが窺われて面白いし、ホッとしたりする。 なぜ?(のつづきをお送りします)


face08 そんなのカンケーねぇ!(その2)


 face08人間生きていく上で、すべての人のいうことを全身全霊で受け止め、過剰に適応しつづけたら、kao12疲れてしまう。人生には、“本気で向かう”ことも大事だけど、同時に、“逃げ道”も必要。笑いでくるんで、逃げ道を用意する。“逃げ道”がなければ、“燃えつきて”しまう。

  “逃げ道”をいくつか持って、適当に組み合わせて、時には、本当に真剣に受け止めて、私も成長(?)してきたもんだ、と私は、自分の人生を振り返るのデシタ。 “逃げ道”に入り込んで、別の人生の大事なコトを一杯学んできたりして・・・。

  icon11face07大人も、各人なりに“逃げ道”をキープしている。但し、その実行の責任は、全部自分持ちだけれど・・・。だから、「そんなのカンケーねぇ!」を乱用・乱発して逃げる子どもには、「ある程度は“愛嬌”だけれど、過ぎると、泥が自分に被ってくる自己責任だヨ 」 ということも言って聞かすことも、大人の側で準備しんならんと思うけれど・・・。一方では、愛嬌の中の“逃げ道”の大事さというか、“逃げ道”でいざというときのエネルギーを蓄える効用も認める方がいいではないでしょうかface08? 
 
  kao04「そんなのカンケ-ねぇ!」は、子どもの微笑ましい“逃げ道”で、その余裕が新しいことへの芽ダビョ~ン(小島よしおさんの新しいギャグ?)、と言えなくはないかい?!?。。。。。というのが本日ならぬきのうからのの私の主張です。


 face08まわりくどい言い方のところもありますが、要は、 「頭から自分の価値観だけで判断する前に、笑いの内容を見つめ、さまざま考えることがダイジ」 「子どもの意見も聞いてみて・・・」 ってことを言いたかったのであります。それにどうも、私は「裸一貫」「徒手空拳」で頑張っている人には、弱いようで・・・。生意気の数々、ひらにご容赦を・・・face08
               

Posted by 夢想花 at 00:01Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!
 このブログの3月4日号で、歌舞伎界に挑戦する裸一貫の男たちのことに触れました。そこで、少し分野は違いますが、「裸一貫」と言えば、あのお笑い芸人の小島よしおさん・・・文字通りの裸一貫です・・・に因んだ話題をお送りしします。

「裸一貫」と言えば、小島よしおさん 
     そんなのカンケーねぇ!
 
 
                           
                                      (その1)

   先日、明石家さんまさん司会の番組「さんま御殿」で、「そんなのカンケ-ねぇ!」で、今、大人気の小島よしおさんkao01が、自身の“一発屋”(で終わる)という世間の風評を気にして、次のようなことを言っていた。
  「インターネットで、“小島よしお”とか“一発屋”でブログを検索すると、びやーっと一杯出てきますよ。ボクは、そのブログに、小島よしおも頑張っているから、一発屋で終わらないと思うよ、というコメントを入れるのです」と・・・。

  それを聞いて、face08思わず笑ってしまったが、同時に、彼も必死なんだ、文字通り「裸一貫」で頑張っているんだ、と改めて、彼の表情を見てしまった。そして、今までの一発屋と言われるお笑い芸人さんは、みんな裸一貫だった。が、わずかなチャンス必死につかんで、そしてテレビの画面から消えてしまった、を思い浮かべてしまう。あの人、この人と、あの人は今どうしているのかなぁ、さまざま思ったり・・・。

  たまに、かつての超人気者一発屋さんがテレビに出てくると、何か、私の人生と引き比べて、私は一発の輝きも危ういものだったけど、なにか、不遇さの中で喘いでいるのが共通しているようで、妙に親近感が湧いてくる。

face08小島よしおさんの芸も、ドギツイことだったりするけど、私は、子どもにけっこう人気があることも納得かな、と思ってる。
  私は、このブログでも、まだ批判力や判断力が未成熟な子どもたちには悪影響が出る可能性のあるお笑い芸やテレビ番組には、しばしば文句を言っている。それは「死ね」とかの相手を全否定する言葉や、容貌で人を評価してしまう、ような芸や発言には疑問を呈している。


 face08そんなら、「そんなのカンケ-ねぇ!」は、どうなんねん?
 小島よしおさんの「そんなのカンケ-ねぇ!」も、批判力や判断力が未成熟な子どもたちには悪影響を与え危険だ、先生の注意も「そんなのカンケ-ねぇ!」でハグラかしてしまう、という批判あることも承知している。


  だが、こう考えている。「死ね」とか容貌をバカにする発言は、目の前に現実に被害者kao12がいる。
だけど、「そんなのカンケ-ねぇ!」は、たちまちには被害者がいない。というよりは、学校の先生や親とかいうような目上の人の言うface09ことを、笑いでハグラかしてしまう、生きていく上での知恵というか、したたかさが窺われて面白いし、ホッとしたりする。なぜ?
                                
 (長くなりますので、「本日の主張」と言いながら、明日へつづきます)  

Posted by 夢想花 at 00:21Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!
けっこうテレビっ子(子っエっ!face08?)の私が、感じたことをお送りします。                         (文中、敬称略)

      夢 そして 挑戦 


テレビを見てうれしかったこと。
それは、歌舞伎役者市川春猿の活躍
彼は 子どもの頃から、祖母に連れられ歌舞伎を見て
歌舞伎大好き人間だった・・・
そして、裸一貫から
           身を起こした板東玉三郎に憧れ
やがて、彼は、歌舞伎の道を志し
     高校を中退して、
     歌舞伎俳優養成所(注 *)に入ってく
歌舞伎の伝統的作法を学び
やがて市川猿之助に弟子入りし
やがて、歌舞伎の舞台に立ち
主役を演じ
女形として地歩を築いてきた

いわゆる「名門」の出でもなく
裸一貫飛び込んだ世界で、彼は夢を羽ばたかせる
歌舞伎界は、
  いわゆる名門出身者が幅きかせる封建的世界
かつて、梨園に無縁の多くの若者が、
     無念の涙を飲んだ場所
昭和30年代、
 一世を風靡した映画スター市川雷蔵もそうだった。

市川春猿・・・今、彼は、
 梨園に無縁の歌舞伎を志す若者の「希望の星」
どうか頑張って、
   身分制封建的な世界に少しでも穴をあけて

市川春猿・・・今、彼は、
   しなやかにしたたかに妖艶な女形を演じてる




* 歌舞伎という、非常に閉鎖的な伝統芸能の世界で、一般の人がプロを目指そうとすると、日本芸術文化振興会が主宰し、国立劇場に付属する「伝統芸能伝承者養成所」に入るしか道がない。歌舞伎の伝統を守るためには“世襲”というものに依拠
する必要もあるのかも知れませんが、一方では、夢抱き門をたたく若者には厳しい社会でもあるのです。

   詳しくは、次のアドレスをクリックして下さい。
   http://www.13hw.com/job/02_07_03.html

※ 私は、かねがね、日本の国には、本当の意味で、日本国憲法第22条に規定されている「職業選択の自由」があるのだろうか、ということに疑問を持っています。家柄や親の経済力や社会的地位によって、チャンスを多く与えられている人とチャンスに恵まれない人との間に、大きな格差があります。歌舞伎のような伝統芸能の場合は、伝統を守るため逆にその家に生まれたら「職業選択の自由」がないという主張はある程度理解できますが、別に「世襲」でなくてもよい仕事にも、事実上、「世襲」の人の方が圧倒的に有利なチャンスを得ている職業の例は結構あります。本人の意欲や能力や適性についての合理的判断のもとに選別されるならともかく、本人の責任でない事柄で実質的に職業を選ぶ自由が奪われている、若者や子どもたちそして大人も苦しんでいる・・・こういった状況に目を向け、より公正で公平な社会を、次世代の人たちに申し送っていきたい・・・春猿さんは、自分の夢を大事にし追い求めていくことが、結果的に、既存の体質に挑戦していくことになっているのでしょうが、私は、春猿さんはじめ歌舞伎の世界で、伝統を守ろうとする人たちにも思いを致しつつ、その中で、呻吟し頑張る人たちの行動にすごく感動したのです。

 なお、板東玉三郎さんについては、次のアドレスをクリックしてください。彼の軌跡が書かれていますが、すごく勇気と歌舞伎への知識が与えられます。
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E6%9D%B1%E7%8E%89%E4%B8%89%E9%83%8E_(5%E4%BB%A3%E7%9B%AE)
 
 「梨園」についての見方については、次のアドレスをクリックしてください。
http://www2.rosenet.ne.jp/~spa/kabuki/html/ess/ess010.html

  

Posted by 夢想花 at 02:42Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!

2008年02月21日

「夢」の反対語?

 昨日につづいて「夢」について。“夢想花”のひとつのテーマは「夢」です。face08心の赴くまま訳の分かったような、分からんような詩(もどき)を書きました。羞恥・躊躇・逡巡を超えて、エエィっ!! 発表しちゃいます。

      夢の反対語?

夢の反対語は、何ですか?
夢の反対語は、現実? 挫折?
いいや、夢の反対語は、夢かも知れません

夢は、机上の空論かも
現実を知り 挫折を味わうことによって
夢の中身が深くなる
  挫折に苦しみ 越えていくなかで 
     現実をつかみ 夢への助走が始まっていく

挫折 現実 その延長線上に 夢
向き合い へし合い 
         それでも ゆっくりと歩みつづける


挫折 それは 人生の小休止
挫折 それは 人生の師
挫折 それは 夢への方程式

そして 現実
現実は 汲めども尽きぬ 大海のよう
だが現実は 同時に
小さな「命」の 小さな「営み」の積み重ね
喜びや 悲しみや 希望や 失望が 
                声張り上げる 
愛しくて 哀しくて 健気が いっぱい 行き交うface02
                            街
夢への旅人が ひしめいて
  同時に
夢への思いが 置き去りにされるkao12


夢は そうした 現実に向き合い
挫折とつきあう中で 姿あらわす kao10気まぐれ者
夢は やっぱり 追うてゆきたい
挫折 現実 の延長線上
夢追うて より知ることのできる
現実と 挫折


そして 再び・・・
そして 再び・・・
夢の反対語は、何ですか?iconN05iconN04

  

Posted by 夢想花 at 01:18Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!
 きのうに続いて、お送りします。

 夢への努力 そして 七転び八起き
 
 テレビ番組で、歌手の藤井フミヤさんが、次のような言葉を・・・。
 「夢を持って、そこへの努力が大事。途中で、夢が変わっても平気。それは“挫折”とは言わない」

と。・・・face08確かにそうですね。私の人生を振り返ってみても、夢がみんなかなった、ということはない。かなわなかったことも多い。運もあろうし、タイミングもあろうし、ただ夢実現のために積んだ「努力」は、その人の内部に残って、人間として何らかの実力として蓄積されます、と思います。。。ま、「努力」は、よそからの評価いかんに関わらず、自分の内部で、実力の伸びとして確認できます。きのうより、1㎝~2㎝でもいいし、自己満足と言われようと、努力を重ねることが大事、大切、そして very important!!


 そして、同時に夢が外れたときに、別の「選択肢」を、心の中の「保険」としてかけて、それへの備えの努力も大事、だというのが、私face08の人生の智恵でもありました。みんなが狙う夢の実現は、そう簡単ではない。私も若い頃何社かの就職試験に落ちたとき、自分を選ばなかった企業は将来損をするだろう、との負け惜しみを喚起して、それを発奮材料に別の道を探し求めました。「振られたら振り返せ」・・・これは、兄から聞いた言葉ですが、そのためには自分に力をつけるための努力もしなければならない。己を見つめ、自分を、時には、転身させる勇気も、努力も・・・
 
 どっちにしても、よく自分をみつめ挫折も大事、人生の肥やし、七転び八起きの精神で・・・したたかに、しなやかに考えて、取り組む姿勢が、夢実現への、パートナーではないかと思う次第であります。夢破れたなれの果ての、私の分かったような講釈でスミマセン。

 お詫びに、我が家の壁に掛かっていたカレンダーに載っていた江戸時代の常陸国水戸藩第2代藩主徳川光圀公(水戸黄門さんはその異称)の言葉をご紹介します。

 苦は楽の種
 楽は苦の種と知るべし


どっちにしても、 「人の一生は重荷を負ふて遠き道をゆくがごとし… 怒りは敵とおもへ」 (江戸幕府初代将軍徳川家康公)のようです。ですが、前へ前へ・・・・「怒り」は「短慮」、怒らずに・・・これがまた難しい。  




※ 徳川光圀公と徳川家康公については、よかったら、下記アドレスをクリックしてください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%85%89%E5%9C%80

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E5%BA%B7  

Posted by 夢想花 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!
face02      小さなことにも満足、そして前進kao01

  2時間ほど前、NHK総合テレビで「プロフェッショナル・仕事の流儀・・・イチロー・トークスペシャル」を見た。イチロー選手だというので、スタンバイ万全で、目を皿のようにして、耳をダンボにして、45分テレビに集中した。45分では、とても彼はつかみ得ないから結論ではなく、結論めいたこと・・・34歳の青年、彼は今まで本当に誠実に自分を見つめ努力してきたのだろう。そして今、あまりに彼は超絶していて、私のような「凡人」ではつかみ得ない境地にいるということが、ぼんやりだが分かった。

 ただ、私でも教訓にできること
・・・その一は、自分で自分を教育することの大切さ、その二はあることをし遂げたら「大いに満足すること」であった。
満足を思いっきりしたら、次のステップが見えてくる、ということだった。

・・・ここから、私流に解釈すると(たとえ、的外れ的解釈であったとしても)、傍から見たら、どんな小さなことでも、自分がやり遂げたことには、遠慮なく大いに満足することが大切だということ・・・だった。

 今までの人生、反省・・・これから、小さなことに満足できる自分を積み重ねていこう、それが「前進」になるのだろう・・・ということを教えてくれた、貴重な番組であり、イチロー選手だった。有り難う、テレビ局、そしてイチロー選手。

                       2008(平成20)年1月23日  

Posted by 夢想花 at 00:04Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!

2008年01月20日

     夢

                    

 数時間前に見たNHK土曜ドラマ「フルスィング」に感動しました。これは、元プロ野球打撃コーチの高畠導宏さんの実際にあった話をドラマにしたものですが、主人公は58歳で教育実習に行った高校の生徒にこう語ります。
夢は それを持つ人を                     強くし、励まし、道を照らしてくれる 
                 と。
さらに、彼のモットーは
  大きな目、小さな口、優しい心                                   です。
 主人公は、生徒たちに「夢」を語ることを求めます。これに触発されて、この私メface08も「夢」を語ります。

kao12face08・・・私は、今64歳、「夢」があります。定年退職時に、息子にも、若い人たちにも、将来は「オールド・シンガー・ソング・ライター」になることや、と、半分冗談交じりに話しました。いつか弾き語りできることを夢見て、ピアノの練習もして、詩みたいなものも創ったりしています。作曲は難しくて、何曲書いても、似たような曲調のワン・パタ-ン。才能のなさに、また、ピアノも始めた時期が遅すぎて(定年退職後)、また練習もままならず、ともすれば「夢」が、ポシャリ気味になります。年齢(老化)との競争もあるし、耳が遠くなってしまったら、夢は遠くに霞んでいってしまいます。ベートーベンは、耳が聞こえなくなってから、名曲を創ったやないかと、引き合いに出すのもおこがましい大作曲家を夢想して、慰めたりしています。だから、毎日が夢の放棄への誘惑icon07との闘いです。

kao12face08・・・主人公のモットーの「大きな目、小さな口、優しい心」は大いに参考になります。だけど、私の今までの人生を反省してみると、よく観察する癖があるから多分「大きな目」であろう。いや、関心事に濃淡があるから、事によっては「中」かな「小」かも?・・・「優しい心」は自分から言えるものでもないし、ただ「優しい心」を大切に思ってきたことは事実です。致命的なのは「小さな口」・・・声高にものを言い、しゃべりすぎ、汗顔の至りの「大きな口」一色の人生でした。だけど、いつか、ピアノの調べに乗せて、私の「大きな口」でメッセージを送りたい・・・これが、私の「夢」です。耳を大切にし、脳を大切にして、ストレスを溜めず、栄養は妻が気を遣ってくれているので喧嘩しながらも感謝、体を鍛え、いつかピアノに乗せて、「大きな目」で見てきたことを「優しい心」でコーディネートして、「小さな口」ならぬ「大きな口」で伝えたい、と念ずる私です。これも、私の「大きな口」の発露?!
祝 いつか、私がオールド・シンガー・ソング・ライターとして、デビューしたら、ブログをご覧の皆さま、少しでいいから注目して、CDを買ってください(笑)。face02もうひとつの夢は、ナイショ?!  
 次週土曜日午後9時からNHK総合テレビのドラマ「フルスィング」オススメ必見!!!  

Posted by 夢想花 at 00:28Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!
face01昨日につづいて、『心のバリアフリー』 から思うことについての記事を掲載します。しゃ長 と しゃ員の会話です。

     夢想花放送局内の会話で~す
                                              
kao01それで、乙武さんの話をどう思われます。
                                                  
kao05乙武さんが、これほど積極的な考えを持てるのは、彼自身が障害と向き合わざるを得ない状況の中で考えを深めてきたのが第一だろう。それと共に、彼は、彼を認め、障害を受け入れ、支える人に恵まれたということではないだろうか? まず、生まれてきた彼を丸ごと受け入れたお母さん。お母さんは、「できないことを数えるよりも、できることを大切に」と思う人だということだ。彼が今まで出会ってきた人たちも、彼を認め、支えてきたのだろう。それが彼に勇気と人間への信頼を与え、人間的な成長を促してきた。また、その結果、明るく前向きに生きるようになった彼の姿が逆にまわりの人たちに勇気と励ましを与えてきたのだろう。
そうして、まわりの人たちと彼が、相互に触発し合い、刺激し合って相乗的に成長してきたのではないだろうか?
 
kao01彼も人に恵まれてきたのですネ。                                               
kao05そう。彼の言葉のなかに「障害を持っていても、ボクは毎日が楽しいよ。健常者として生まれても、ふさぎ込んで、暗い人生を送る人もいる。関係ないのだ、障害なんて」というのがあるよね。いま、世の中には、健常者でありながら、暗く否定的な見方で生きている人たちも多くいる。その人たちは、人を信頼できないような状況に遭ってきたり、本人の思いこみで否定的後ろ向きに生きて苦しんでいる。だから、彼の言うように「人間の幸福は、障害があろうとなかろうと関係ない」ということになるよね。

 若者や子どもたちの中にも、人間不信に陥ったり、人間関係の持ち方に苦しんで、孤立の中に身を置く人もいる。そういう人たちに言いたいことは、 「まず、自分自身が歩き出さないことには、まわりの状況は変わらないということ、自分自身が歩き出すことによって、まわりの風景が変わってくる」ということを言いたい。乙武さん自身が変わり、動き出したことによって、まわりも変わって行ったことが多かったのではないだろうか? 一見、集団の中で、うまくやっているように見えるときでも、「孤立感」に苛まれることもあるし、そういう時は、大概は人間不信や人間嫌いに陥っていることが多い。かと思ったら、そんな人間が愛おしく思えるときもあるし、勝手に想像したらイカンけど、乙武さんも、本やテレビには表れてこないところで、いろいろな悩みや苦しみをされているのだろう。

 誰でも、100%満足できる境遇にいるなんてことはあり得ない。どこか、足りないところがある。今あることを「これだけしかない」と恨めしく思うか、「まだこれだけある」と喜んで受け止めるか、その差は大きい。乙武さんは、「まだこれだけある」と思える人だろう。いま、多くの人が苦しんでいる。そういうときに、乙武さんの考え方や生き方が、ひとつの参考になればうれしいよネ。
 
kao01しゃ長。いま、テレビで、乙武さんのご長男が生まれたというニュースが報道されていましたよ。

kao05おう、それはめでたい。こいつは、春から縁起がいいわいな、やネ!

                  2008(平成20)年1月19日  

Posted by 夢想花 at 00:15Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!
昨日に続き、お送りします。 

乙武洋匡さん「心のバリアフリー」


  バリアフリーとは、もともとは道の段差をなくすとか、スロープをつけるとか、物理的な“かべ”を取り除こうというものですが、ボクが目指しているのは、心のバリアフリー。

  障害について、もっと聞いて欲しい。子どもは、手足のないことを聞きたがるが、親ごさんがとめてしまう。そうすると、子どもは、聞きたい気持ちをそのまま胸に閉じこめて、障害を持っている人への“かべ”をつくってしまう。



  みなさんは、障害を持っている人を理解して欲しい。(障害者を)理解する心抜きにバリアフリーを進めれば、(障害者への)配慮の欠けたバリアフリーが進んでしまう。

  (健常の人は、障害を持っている人に対して) 「何かお手伝いすることがありますか?」と声をかけてほしいし、非常に有り難い。<彼は、ほとんどのことを自分でしようとしますが、衣服の着脱(ちゃくだつ)などどうしても手助けが欲しいことについては、率直に助けを求めています。>

  どうして障害者は、可哀想なのか!?  障害を持っても、楽しく過ごしている人がいるよという例として、本を書いた。

  障害を持っているといって、何か制限をつけると言うのはもったいない。
  社会的な制約があっても、まず自分自身のバリアーを打ち破ってほしい。
 
 

           ~~~~~~~~~~~~~
  《 face08ここで突然に、番組構成上、「夢想花放送局」のしゃ長 と しゃ員(社長・社員というには、私の頭の中だけの「会社」というにはややおこがましいモノですので、やや照れまして、以下「しゃ長」「しゃ員」と言いますkao01) が登場します。冗談っぽいですが、中身は、真面目なことを言おうとしていますので、辛抱しておつきあいください face02

しゃ員  しゃ長、乙武さんの話、どうでした? ご感想は?
しゃ長  それは、CM2 の あとで・・・。
しゃ員  引っ張りまんなぁ。どこに CM1 がありましたんねん?
しゃ長  あした、あした、あした、私はコクります。(明日につづく)
  

Posted by 夢想花 at 05:58Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!

2008年01月14日

日曜日の午後

  昨日と言っても数時間前、日曜日の静かな病室で義兄と話す。農業と会社一筋で寡黙だった兄、69歳。ベッドの背を電動で起こして痩躯を起こして、かすれ声でしっかりした口調で話す。「無理したさけ、こんな体になってしもうて」「趣味持ってなあかんなー、ピアノがんばりや」と兄。「うんそのうち曲もつくるワ」と冗談交じりの私。「時間がたたへん。夜がながい、夜がなかなか明けよらへん」「そうやろうなぁ、夜がほんとうに長いやろうなぁ」そのほか家族のこと、兄弟のこと、ぽつりぽつりとだが、今までしゃべったことがないほど話した。ほんのちょっと前までは、大仰になるからと見舞いを断っていた兄が、なんども「よう来て」と言う。「かわいい看護婦さん見て、元気だしーや、最近おいしいお酒みつけたさかい、早う元気になって飲もう」、吹っ切るようにいすから立って、兄の許を離れる。もう少し居たほうがよかったのかな、疲れはるやろうし。また来るからな、それまで頑張ってな、胸の中でつぶやいて、廊下を何度も曲がって病院を後にした。
  帰宅して、小6の同窓生に電話。まだ現役の彼とやっと話せた。同窓会合唱のことを話す。「こないだの同窓会、ほんまに楽しかったワ、ほんまにようやってくれた」、ほか級友の墓参のことも話した。「あたたこうなったら行こう。そのときにでも、小学校の歌を練習しよう」。「よう電話して、ありがとう」。いきなり昔の口調に戻れる友と昔の口調で話した。
  今日一日、自治会の餅つきを手伝いに行っていた妻が帰ってきて、「参加者が少のうて、寂しかったわ」と言う。何日も前から、役員さんが準備していたのに、さぞがっかりやろう。
  日曜日、小雪まじりの日、思いがさまざまに行き交った午後。

     病床の兄置きて去る冬の午後
     遠き冬電話が還すおさな子に
     気苦労と愛こねつく餅冬晴れ間
 
     ひとつずつ思いはらんで雪が舞う




  

Posted by 夢想花 at 00:03Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!
鶴瓶さんに乾杯そして考


暮れから正月にかけて笑福亭鶴瓶さんが大活躍
年末の紅白の司会では、
      ひょっとしたらポロリ再発と心配したけれど
少ししゃべりすぎ、
      KYかなと思うときもあったけど、
そんな懸念もものかわ
会場を、仲居クンの手綱さばきと
      絶妙のマイペース風
      それともマイペース「偽装?」

家族に乾杯 素人衆の懐に飛び込む話し方・芸風
ぶっちゃけ、等身大、正直、居直り、
   笑い顔・目がほそく歯丸出して、
   ガハハという笑い声
   顔シャグシャに・七福神のえべっさん顔

あるがまま、裸になれる、プライドなんてくそ食らえ
毒がありそうで毒がない、
他の一部の芸人さんのように
   容貌や年寄ることを 笑いのネタにしない
建前も本音にまぶす 
  ・・・そのまま、もしくは巧まざる計算?

数々の物議を乗り超えて 鶴瓶は往く

褒めすぎ? それとも考えすぎ?

今の日本、
本音を言えずに苦しんでいる人が多いよう・・・ 
人間関係の持ち方に悩んでいる人が多いよう・・・
そんな時代の一つのヒーロー
本音を言える喜び
本音を言える人への憧れ


今「本音」が見直される時代の到来の予感かも? 
とは 本音を言って 痛い目に遭ってきた人間の
考えすぎ? それともカタルシス? それとも
人情の権現さまへの投射?!  face02
  

Posted by 夢想花 at 00:53Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!
 朝早くブログに投稿しましたので、きょうも昨日の記事になります。

 2日に行けなかったので、昨3日に、妻と神社へ初詣した。うららかな天気で、大変な人出だった。妻が今年は還暦で、絵馬に願い事を書いていた。私にも書け、というので、私は「嫁はんの口(憎まれ口)が直りますように」とういうようなことを、妻の目の前で書いたら、にゃっと笑っていた。

 お参りが終わって、神社そばの和菓子屋さんで、餅つきと餅の振る舞いがあった。祝
 餅つきは、店員さんの自称「餅つき王子」と「こね回し王子(と言ったかな?)」の掛け合いで始まり、途中から、見物している子どもたちが争うように交代で、杵を持って、餅つき王子さんに助けてもらって、ついていた。なかなか杵が餅から離れない。よっこらしょっ、と杵を持ち上げる姿がほほえましい。最近、餅つき風景をあまり見なくなったので、子どもたちにとっては、すごく興味深いことだったのだろう。face02kao05icon06icon01
 餅つきが終わって、餅の振る舞い。なが~い行列を並んで、一人一個、小さなおちょぼ口でも一口でパクッと食べられる大きさのきな粉餅だった。大きさはいい。お店の心意気がいい。子どもたちにも大人たちにも、穏やかな笑いの時を与えて頂いた。

 その店の食堂が混んでいたので、前の土産物店に行ったら、焼き餅と甘酒を売っていた。買って、妻と分けて、食べて飲んだ。と、その店には炭をくすべた火鉢があるではないか・・・!!!。ワ~懐かしいと、近寄ったら、若いお母さんらしき人が、火鉢に手を温めていた。
  「これ火鉢っていうのやけど、知ってる?」と聞いたら、かの女性は「いいえ、初めてです」。「ほ~、知らーらへんのか、時代が違うんんやネ」と、感慨にしばしふける私。さらに私が「小さい頃、この火鉢にまたがってあったまったんやで。この炭火でミカンを焼いて食べたんやで・・・」と続けたら、彼女は笑って「へぇ、そうやったんですか」とやや目を丸くして、びっくり感嘆符! face08
  こうして、うららかな日の初詣は終わった。でも、ちょっと前に「明治は、遠くなりにけり」という言葉をよく聞いたものだけど、今はもう既に「昭和20~30年代は遠くなりにけり」ということなのかも知れない。餅つきも、火鉢も炭も、消えてしまうには、惜しい日本の文化だ。

 話はやや変わるが、日本でほとんど使われなくなった「もったいない」という言葉が、環境破壊から地球を救う言葉として、世界の各地でクローズ・アップされている。「節約」という言葉も、日本であまり表だっての出番はなくなってきたみたいだ。一方で、「日本食」は、メタボ対策として、健康食として、世界で注目されている。餅つきも火鉢も炭も、もう一回も二回もスポットライトを与えられてもよいのではないかとも思った昨日でした。日本の古い文化も捨てたものではない。そんな思いを込めて、ここで一首、いや蛇足気味の五首。

どうか出て 昔の名前で 出てください
風雪に耐え 光輝く

どうか出て 昔の名前で 出てください
そは古く永く 風雪に耐ゆ

どうか出て 昔の名前で 出てください
逆風こそが その勲章

どうか出て 昔の名前で 出てください
昔の名前が トレンディ

どうか出て 昔の名前で 出てください
昔の名前で よっ!いぶし銀


 さまざまに「昔の名前」族  こんな命名でいいのかな? 年末の流行語大賞に選ばれたら、「昔の名前」族のステータスが上がった証拠!? やや乗りすぎ?  にエールを送って、さぁ「昔の名前」族、さぁ頑張ろう! 
 小林旭さん ゴメンね、ありがとう。
  

Posted by 夢想花 at 00:15Comments(0)TrackBack(0)共感・頑張って!