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<title>夢想花</title>
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<description>夢の道草、迷い道、そして袋小路に入らぬよう。。。。。。夢の回遊、夢の開幕、夢疲れ。だけど、私にできる「プラス１」？　　　　　　</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Thu, 13 Dec 2007 16:17:14 +0900</pubDate>
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<title>“短冊の願い”を読みませんか？</title>
<description>　きのう、ワインさんのブログでご紹介の「発達セミナー」に行きました。その帰途、素晴らしい“七夕飾り”を発見しました。“短冊の願い”を読みませんか？　   　 「発達セミナー」からの帰途、ある図書館で、素晴らしい“七夕飾り”を見つけました。図書館の２階に、笹の葉が据え付けられていて、そこへ、図書館へ来た子どもたちが“願い”を短冊に書いて、それを笹の葉に結わえ付けるのです。　 多くの短冊が、結わえ付けられていました。短冊には、子どもたちの、いろいろな願いが、書かれていました。内容が面白く、「へぇ～、こんなことも思って居るんや」「家では書きにくいのかな？」っと思わせる願いもあって、飾り気なく、率直に、短冊に書かれていました。　 本当言えば、それを全部写して発表したいところですが、そんな勝手なことをして、子どもたちの心を傷つけてはとも思いますし・・・。ほんちょっとだけ、紹介することを許してください。こんな趣旨のが、ありました。　みんなの笑顔がつづきますように。笑顔がなくなりませんように。                                   お父さん、お母さんが、部活のことを、あまり言いませんように。思わず、「プッ！」と笑ったりしつつ、書いた子どもの思いがいじらしかったです。　 図書館の方に聞いたら、七夕飾りは、７月７日中、とのことでした。　　 そこで、読者の皆さまに、お呼びかけします。 　あなたのお住みの近くの図書館や公民館などに、七夕飾りがありましたら、“短冊”にどのような“願い”が書かれているか・・・、を、お読みになりませんか？　 　　　　　　　素顔の願いに、出会えるかも知れません。　　※　中田英寿さんご提唱に応じる私の“短冊の誓い”は、できるだけ自動車にのらないことと、エコを勉強し微力でも自分なりに貢献することです。　 サミットが始まります。世界の“貧困”と地球環境問題が、真剣に話し合われ、エゴをやめて、エコがすすむことを願ってやみません。※　 きのう午後、東近江市であった「発達セミナー」に参加。会場は、満員で、暑さにうだりながら、講師先生の講演を聴きました。分厚いレジュメを頂いたので、暗がりの中のわずかな外からの明かりを頼りに書いたご講演のメモと資料を基に、さらに勉強をしていきたい、と思っています。“短冊の願い”を発見したのは、その帰途でした。</description>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Mon, 07 Jul 2008 00:13:36 +0900</pubDate>

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<title>花・たからもの</title>
<description>       　朝、小学生登校時でのエピソードです。この詩（もどき）の中の「私」は、別にあやしいオッチャンではないデスヨ！　・・・と、こうことわらなくてはならないところに、日本社会の今日的課題が・・・、スクールガードが活動しなければならない、悲しい現実があるのですよネ・・・。でもソンナノカンケ～ね～、ということで、少女と私の朝のひとコマです。     　　　　　　　　　花・たからもの窓際のトットちゃんみたいに多分　自分の世界に浸っていてその行動が　やや突飛な　　　　　　　　　　小一かな小二かなの女の子と　私　スクールガードしてるおじさんとの話朝　小学校への登校時私 　トットちゃんみたいな少女に　　野に咲いている　白い小さな花をあげました「根っこからかよ～」と言いながら    花の好きな少女は　  　　　　　「ありがとう　はい　お返し」と言って          別の場所に　小さく咲いていた赤い花を摘んで              　　　　　　　　　　　　　　　　私に　くれましたうれしかった花さんには　迷惑だったかも　知れない　けれど　　　　　　私にとって　ちいさな小さな赤い花は　宝物写真は撮らないけれど　　　　　　私の心に　永遠に　撮っておくトットちゃんの心にも      どうか　白い花が　残りますように          　　　　　　　　できれば　永遠に  　　そして　私のような　あなたと全国のトットちゃんのことを　見守っている　　　　世の多くの大人のことも　ついでにちょっこっと　覚えていて欲しい・・・永遠に　そしていつか　ずっと後輩のトットちゃんを見守る　　　　　そういう大人になってくれたら　 グ～ッ！  【補足・蛇足】　いつの時代も、ちょっとした“道草”は楽しい。“道草”を楽しめる社会にしていきましょう。</description>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Sat, 17 May 2008 00:17:06 +0900</pubDate>

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<title>詩・・・「子ども」</title>
<description>　きょう、５月５日は「子どもの日」。この日に寄せて、「ドロシー・ロー・ノルト」というアメリカの家庭教育学者の作った「子ども」という詩をご紹介します。この詩は、スウェーデンの中学校の社会科の教科書「あなた自身の社会」（アーネ・リンドクウィスト，ヤン・ウェステル著，川上邦夫訳：新評論から出版：１５５頁）に収載されています。この詩の作者、ドロシー・ロー・ノルト(Dorothy Law Nolte)は、この教科書では、ノルトはホルトとなっています。 　　　　　　　     子ども　   批判ばかりされた　子どもは　非難することを　おぼえる 　              殴られて大きくなった　子どもは　 力にたよることを　おぼえる　 笑いものにされた　子どもは　 ものを言わずにいることを　おぼえる　 皮肉にさらされた　子どもは　 鈍い良心の　もちぬしとなる　 しかし，　 激励をうけた　子どもは　 自信を　おぼえる　 寛容にであった　子どもは　 忍耐を　おぼえる      　           賞賛をうけた　子どもは　 評価することを　おぼえる　 フェアプレーを経験した　子どもは　 公正を　おぼえる　 友情を知る　子どもは　 親切を　おぼえる　 安心を経験した　子どもは　 信頼を　おぼえる　      可愛がられ　抱きしめられた　子どもは　 世界中の愛情を　感じとることを　おぼえる※　そんなことは常識ヤと思われるかも知れませんが、人間の赤ちゃんは、容貌も声も仕草も、可愛く生まれ育ちます。赤ちゃんを見たら「可愛い！！」というのが、おきまりの第一声です。親や大人から、可愛がられることを前提条件として、生まれ育っていくよう、遺伝子で設計されているそうですね。親や大人から、可愛がられて、受け止めてもらって、初めて、生存を保障され、人間社会に入っていける・・・。人間の赤ちゃんは、生まれた直後は、例えば猿や馬のような“生活力”はありませんが、生まれてから獲得した後天的な力によって、数年もしないうちに、猿や馬よりも可能性を広げていきます。ですが、その大前提は、親や大人に可愛がられ受け止めて育てられることです。このブログのあちらこちらに私の思いは載せているのですが、４月１３日、１４日、２１日～２８日号の辺も見ていただければ有り難いです。　１９５１（昭和２６）年のきょう、「児童憲章」が制定されました。この憲章については、次のアドレスをクリックしていただければ、と思います。http://marutin.pekori.to/data/01.htmlhttp://www.ccae-ru.com/index.html</description>
<link>http://poeny.shiga-saku.net/e101367.html</link>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Mon, 05 May 2008 01:20:10 +0900</pubDate>

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<title>ちょっとだけの背伸び　そして誉めましょう。</title>
<description>　 昨日、記事をＵＰしてから、後悔と自己嫌悪。お前は、人様に披露するほど、子育てに実績と実力があるのか！！　　、と・・・。ですが、何かのお役に立てればと、思っている次第です。乗りかかった舟に乗った手前、昨日に言い足りなかったことを、若干、補足させていただきます。           　　　 ちょっとだけ背伸び               　　　　まず褒めて育てましょうＱ　昨日の記事で、《何やかや言って、最後まで、やらせ切る“成就感”が大切。》と書いてるけど、何をどの程度やったら、「やらせ切った」ことになるねん？Ａ　私が考えますのに、あまり高すぎる目標を掲げて、尻をたたいてやらせても、無理があります。その子の力をよく見て、その子がやや背伸びしたらできる程度のことに挑戦させて、それができたら、思いっきり褒めてはどうでしょう。　それに、よしんばできなくても、ちょっとの変化、ちょっとの向上に注目して、努力をしたとか頑張ったとか、むしろ褒める材料を探してでも、褒めてはどうでしょう。　 褒めることは、その子なり、人への「先行投資」と考えております。十分褒めてから、「そやけど、こうしてやるのもイイのと違う！？」と、若干のアドバイスをするのもイイと思います。 　  相手の無力をなじるようなような言い方は、その子のやる気や伸びようとする芽をつむ危険性があります。いつか、この子は、やれる力をつけられる、今は、そのための「助走期間」「練習期間」と考えれば、失敗も中途半端も、将来への布石です。長い目で見て、温かく褒めて、ちょっとだけアカンところを指摘しても、基本は褒めることと感激感謝で・・・決してこの子の芽をつむ「専制君主」となりませぬよう・・・。重ね重ねの生意気、ご寛容のほどをお願い申し上げます。※　上の話とは無関係な話です。書くのよそうか、無視しようかと思ったのですが、あまりに壮大な血税が使われて行われたイベントが昨朝テレビ画面を占めていました。悲しい光景。この血税があれば、困っている人が少しでも救われるのに、と思いつつテレビを観ていました。そこで一句。　　　　　　　生活に　無縁茶番の　火の始末</description>
<link>http://poeny.shiga-saku.net/e99463.html</link>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Sun, 27 Apr 2008 00:35:51 +0900</pubDate>

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<title>大人の悪智恵？　あの手この手</title>
<description>　 昨日号とは、続いているような、いないような話です。　 昨夕、娘婿が職場の一杯飲みとかで、それに、疲れているのだろう、娘と妻が口喧嘩をしたので、私が、夕方から夜にかけて、娘宅でお手伝い。話は、小２になったばかりのお兄ちゃん孫とのかけあいの一部を披露します。　・・・　《　　》内は、私が得た教訓です。エラそうに、ご披露して、すみません。　　　　　　　孫に　あの手　この手①　お兄ちゃんは、マンガに夢中。隣の部屋が電気点けっ放しだったので、「消してきて」と言ったら、無視決め込み、または、何やかや言ってイヤがる。そこで、私は環境問題の話をちょっとしたら、孫も学校で習っているらしくて、けっこう喰いついてきた。私も、調子に乗って“低炭素生活の重要性”をウンチク・・・。それからは、 「はい“環境問題”！」 と言って、指で示したら、電気を消しに行くようになった。「はい“環境問題”！」→→隣室の電気、「はい“環境問題”！」→→台所の電気と・・・。→→《私の作戦・・・ダレだってゲームは楽しい。だから 「ゲーム化して、やや記号化して、働きかけましょう」 》②  やがて、話は、吉本のタレントさんのギャグ「グ～」の話、それから「そんなのカンケ～ねぇ！」の話になった。途端にいきなり、音楽を鳴らして踊り出した。１歳の弟孫も、きゃ～きゃ～言って踊り出す。朝青龍関に似た弟孫は、私にも踊れ、と手で示す。私も、そういうことには嫌いでないので、一緒に踊る。娘も、ややメタボ傾向の体躯をゆらしながら踊る。お兄ちゃんの「そんなのカンケ～ねぇ！」の声と踊りは絶好調！　→→《私の作戦と言うより本性で、自分自身も楽しみましょう！　ギャグは、子どもとの“共通語”では、ないでしょうか？》③　ひとしきり踊った時間が過ぎて、お兄ちゃんと入浴。学校の話、友だちのことあれこれ、「俺」と自称して話す。やや、生意気ぶっている。　→→《私の留意点・・・子どもの“自尊心”をくすぐりながらも“尊重”・・・》④　先に風呂から上がって、その後、風呂に娘と入った弟孫を待つ。やがて、タオルを頭から被った弟孫が登場。「はい、お兄ちゃん、弟の頭と体を拭いたって！」と私。「えっ、オレが？」とお兄ちゃん。そこで、お兄ちゃんに、 《兄の自覚を促す、“おだて”作戦敢行！　それから、いつまでも「おばあちゃんもおじいちゃんも生きてへんのやから、お前もできるだけ親を助けなアカン」と言ったら、お兄ちゃんは「そんなこと考えたらスゴク怖いねん」と言う。 実感！！！　そうだろうなぁ、私も小学生の頃、本当に、死んだらどうなるのやろう、と考えたら怖かった》 。　 「頭は、タオルでこすったら痛いので、タオルの上から、手のひらでこすったって！」と私。 《私も、子どものころタオルでこすられるのがイヤだった》 。それから、おむつ、シャツ、ズボンを順に渡して、兄がするのを待つ。娘が風呂から上がってきて、自分でしようとするのを制して、お兄ちゃんにやらせ切る。気候が暖かくなってきたから、これができる。きゃーきゃーと逃げようとする弟孫のタイホ役は、私の役割。シャツのボタンを留めるお兄ちゃんと弟の目が合って、少し感動ドラマチックな瞬間もあった。→→《何やかや言って、最後まで、やらせ切る“成就感”が大切。基本的には、私がラク（楽）したいのだけれど》。　　総じて言えば、《私もラクしたい、楽しみたい、たまにするから“余裕”もできて、“楽しめる”のかも・・・。そして何よりも、“平和”なこの瞬間を愛おしく思える“幸せ”に感謝》。《それに、この作戦も、いつまで成功することやら・・・（泣！　トホホっ！）》</description>
<link>http://poeny.shiga-saku.net/e99214.html</link>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Sat, 26 Apr 2008 03:58:51 +0900</pubDate>

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<title>まず、誉めましょう！</title>
<description>　日曜日のあさ、「テレビ寺子屋」という番組で、教育評論家の親野智可等さんが講演されていました。その講演で強調されていたことを、お送りします。　まず誉めよう　とりあえず誉めよう　親御さんに言いたいことは、我が子に対して、ケチをつける前に、まず、なにかよいところを探してでも誉めましょう、よい点が見つからなくてもとりあえず誉めるようにしましょう。　たとえば宿題の字が汚くても、「この字はいいねぇ、だけどこの字はもうちょっと丁寧に書いたらもっと良くなるんと違う？」と、まず誉めることから始めると、次の時には、子どもは字の丁寧さに気を遣うようになります。良くなったから誉めるのではなく、誉めるから良くなるのです。　夫婦の関係でも同じで、奥さんが旦那さんのやることが気に入らなくても、　と　「やってよー！！」と　（金切り声で・・・これは、私夢想花の補足です）　言う前に、　「助かるわ～、有り難う」　と言うと、旦那さんは、せっせせっせと家事・育児を喜んでするようになります。　※　どうも、日本と言う国は、照れがあるのか、謙譲の精神か、ひどい言い方ですが、「豚児」とか「馬鹿息子」とか「愚妻」とか「宿六」とか、けなす傾向が強いです。テレビドラマでも、けなし合って親子や夫婦の情愛を示すようなシーンが多いように、思います。（以下、つづきます）　　なお、テレビ静岡とテレビ寺子屋のＨＰのアドレスです。　　　http://www.sut-tv.com/</description>
<link>http://poeny.shiga-saku.net/e95958.html</link>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Mon, 14 Apr 2008 00:09:05 +0900</pubDate>

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<title>高校入試で「国語」のリスニング導入と「にらめっこ」遊び</title>
<description>高校入試　「国語」のリスニング導入                                                                                                                                                                 と「にらめっこ」遊び　最近のニュースに、高校入試で、英語は既に実施されていますが、国語にも「リスニング」を導入する府県が増えたという報道がありました。実施する背景に、  人の話を十分聞くことができない生徒が増えたそうです。教師の指示を聞き逃して、教師が何度も言い直さなければなならい、という現実が増えた、らしいのです。　幼い頃から、テレビいっぱい環境で育てられ、ゲームに明け暮れて、自動販売機でモノを買ったり、人との向き合った会話の体験が少ないということが増えたらしいのです。確かに、私の子ども時代（昭和２０年代）は、テレビも今時のゲームも自動販売機もなかったし、何をするにしても、人と話さなければ生活できませんでした。今は、人と話さなくても、なんとなしに一日が過ぎてゆく、ということが、子どもだけでなく、大人もそうですよね。私も退職後、しばらくは、テレビ相手に家族以外の誰とも話さない日がつづきました。こんなことしていたら、ボケてしまうと、一念発起して、何やかやし出したのも、人とのつきあいが恋しいからでした。ま、それはともかく・・・。　人と話さなくてもなんとなく一日が過ぎて、それが当たり前になってくると、人の顔を見て対話する能力の弱い子が育つのは、十分、あり得ることと考えられます。そこで、またわらべうたや昔からの遊びの世界を紹介するのですが、人と人が向き合わざるを得ない遊びである「にらめっこ」はどうでしょう？  ということで、きょうは「にらめっこ」遊びを紹介します。　一つ目は、私が小さい頃に遊んでいた、　。。。だーるまさん、だーるまさん、にらめっこしましょう。笑う（わろう）たら駄目よ、うんとこどっこいしょ。。。と言って、対面する二人が目を開いてみて、笑ったり、ひるんだりすると“負け”という遊びです。　　二つ目にご紹介するのは、遠野の「にらめっこ」です。　。。。だれーとだーるまと　うーさぎときーつね　わーらったらげーんこ　あっぷー 。。。と言って、にらめっこします。勝敗の決し方は、一つ目の「にらめっこ」と同じです。　遠野には、にらめっこの上級編として「一兵衛さん」遊びもあるようですが、これから私もさらに勉強しいきたいと思っています。　みなさんも、どれかの「にらめっこ」遊びを、お子さんやお孫さんとされて、少しでも人と向き合う機会を増やされてはどうでしょうか？　ということで、再び、浅学未熟を顧みず、お節介を承知しつつお送りしました。　　　　　　　　　　　　　２００８（平成２０）年１月２４日　</description>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Thu, 24 Jan 2008 08:36:21 +0900</pubDate>

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<title>やんやのいん</title>
<description>　昨日につづき、お送りします。「やんやのいん」は、遠野に伝わる「じゃんけんぽん　あいこでしょう」のことです。　　　　　　　やんやのいん石松　たいまつ　はさみで　三本大指　小指　　　　　　　ちょいと出して　かーみやんやのいん　いーのうぃん石松　　　　　　・・・拳を固める　（じゃんけんの　「グー」の状態）松明　　　　　　・・・人差し指だけを伸ばすはさみで　　　・・・親指と人差し指を伸ばして「はさみ」をつくる。因みに、人差し指と中指でつくる「はさみ」は西洋鋏とか。三本　　　　　　・・・親指と人差し指と中指を伸ばす大指　　　　　　・・・親指だけを伸ばす小指　　　　　　・・・親指と小指だけを伸ばすちょいと出して・・・胸元に手を置くかーみ　　　　 ・・・手のひらを広げて　（じゃんけんの「パー」の状態で）　頭の横に持ってくるやんやのいん ・・・相手と同時に　相手の前に　グー・チョキ・パー　のどれかを出す　（じゃんけんぽんの「ぽん」の時の状態）　　　　＜勝ち負けが決まらなかったら＞いーのうぃん　・・・（じゃんけんの「あいこでしょ」の状態）、グー・チョキ・パー　のどれかを出す。勝負が決まらなかったら、また「いーのうぃん」を言って、勝負する。　またぞろ“お節介の虫”が起きてきて、私が感動したことのお裾分けをしてしまいました。多分いつもと違う「じゃんけん」の仕方で、やっていると結構おもしろく盛り上がってきます。お子さまと、されては、どうでしょうか？　そのついでに、岩手県遠野のことを話したら「地理」の勉強になりますし、遠野をはじめとして日本各地で、世界各地で、私たちの住む町でも、それぞれに大事な文化があるということをさまざまに話すきっかけにもなります＜ちょっと欲張り過ぎかな？！＞。詳しく、図入りは、 阿部ヤエさん著「“わらべうた”で子育て・応用編」（福音館書店 刊） に載っています。本の宣伝は、本意ではありませんが、私の感動のお裾分けをぜひともしたく、浅学を顧みず、紹介せさせて頂きました。ご参考になればうれしいです。　なお、さらに遠野の文化の伝承を知りになりたい方は、インターネットで「とおの昔話村」を検索していただければ出てきます。　　　　　　　　　　　　　　　　　２００８（平成２０）年１月２２日</description>
<link>http://poeny.shiga-saku.net/e77417.html</link>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Tue, 22 Jan 2008 00:23:14 +0900</pubDate>

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<title>知恵いっぱい「わらべうた」学習会</title>
<description>　　　わらべうた　　面白い楽しい知恵がいっぱい　昨日午前（今から半日前）、「人を育てる“わらべうた”の学習会」に参加した。講師は、「滋賀わらべの会」の平林智子先生。先生の講義を受けるのは２度目。面白くて、具体的で、人情味があって楽しい。先生は、岩手県遠野に伝えられている「わらべうた」と遊び、それに込められている「子育ての知恵」、そして昔話の語り部として活躍されている阿部ヤエさんのことを話された。お手玉遊びも、私は全身を使って汗だくになって練習し、２つ玉までは何とかコツを掴めそうになってきた。３つ玉を、両手で放り上げては受け止めるテクニック習得まではまだまだ。だが結構、よい運動になるし、頭のボケ防止に大いに役立ちそう。いつかきっと３つ玉もできるようになるだろう。それまでは、ひたすら練習々々。次回までには、できるようになっておこう。《講義の後、私なりの受講録》例により私風方言混じりで・・・　　    　　　豊かさと知恵を運んでくどんなに世の中が変わっても   よいこと悪いこと　　　　　人間らしく生きること    　　　　　うれしいこと悲しいこと    人間の感じる気持ちは変わらんと 目の前の　生きた人に伝え、伝えられる目を合わせ、喜びも悲しみも、　　　　　　ありがとうもイヤという感情も　　　　　　　　　　　　　　表現でき伝えられる赤ちゃんに子どもたちに　　　　　　　人としてのあたりまえの感情を、　　　　　　　　　　　　　体を使って表現できるそれを大人がしてあげる　そのためにわらべうたわらべうたには　子育ての知恵がいーっぱい今、日本は毎日が“お祭り”みたいなときそんな中で　本当の豊かさが　　　　　　　　　　　　　失われていはいないだべ？わらべうたには　子育ての知恵が　　　　　　　　　　　　　　　　いっぱい詰まってる親から子へ　じじばばから孫へ豊かさが伝えられ　知恵が運ばれてやがて　子や孫が　また子や孫たちに　　　　　　　　伝えてく　運んでく　わらべうた※　さらに勉強を重ねて、私が習熟できたことを、お伝えしていきたいと考えています。今ごろ何やと娘や息子が怒るかも知れません。ですが現役時代、とてもそこまで気が回らなくて、余裕もなくて、今、孫を見て、今更ながら、「わらべうた」に目がいっています。ごめんね、娘と息子殿。今、パソコンを打っている傍らで、妻が、一心不乱に、お手玉を作っている。一心不乱で、いつものように口やかましくなくて、もっと有り難うね。ここで一句。　　　　　　　　　一心に　お手玉縫う妻　冬温む《それでは、習いたての「わらべうた」を紹介します》上見れば　虫っ子中見れば　綿っ子下見れば　雪っ子※ふわふわの雪が降ってくると、春も近い。綿雪をみながら歌います。雪国では、雪国でない人から見たら想像を超えた雪への思いがあるようです。雪を有り難いという体験と憎らしいという体験の両方からくる思いが・・・。　　　　やんやのいん石松　たいまつ　はさみで　三本大指　小指　ちょいと出して　かーみやんやのいん　いーのうぃん　　　　　※　説明は、明日のブログでします。</description>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Mon, 21 Jan 2008 00:07:07 +0900</pubDate>

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<title>最近の得意ワザ</title>
<description>最近の１才ちょっとの孫の得意ワザ　　二足歩行　と    　　イナバウワー　と    　　居ない居ないバー　をしてくれる最近の小１のお兄ちゃんの得意ワザ　　憎まれ口　と    　　ぶんムクレ大きくなって、このブログを見ると文句を言うかな？！　　　（クふっ）</description>
<link>http://poeny.shiga-saku.net/e74762.html</link>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Tue, 08 Jan 2008 01:24:59 +0900</pubDate>

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<title>以呂波加留多・～～「知識」も「知恵」も～～</title>
<description>　きのう孫（小一）と、おばあちゃん（マイ・ワイフ）と、私の３人で、「いろはカルタ（以呂波加留多）」をしました。カルタの文を交代で読んで、札を取り合いました。孫はたどたどしく読み、一生懸命札をとりました。負けた者には、シッペしました。昔流の遊びの作法を、孫に伝授しました。カルタの文（諺）も、孫にとっては初体験で、分かったのかわからないのか分かりませんが、ふんふんと聞いていました。今は十分分からなくても、いつか、分かるかな・・・そんな思いのおじぃとおばぁでした。　ふと、そのとき、ブログにも載せようと思いました。子どもたちに、少しでも、昔からのことわざを伝えられたら、と思ったのです。ことわざには昔からの生活の「知恵」がいっぱい詰まっています。人間生きていく上で、「知識」も「知恵」も必要です。そんなこと、すでに子どもにしてるワィ、とお叱りを受けそうですが、敢えて、ということで・・・次のことわざの（　　　　）内に適する語句を入れなさい、との出題をさせて頂きます。まるで、学校の試験みたいで、恐縮ですが・・・。い　　（　　　　）も歩けば（　　　　）に当たるろ　　　（　　　　）より（　　　　）は     　　（　　　　）より（　　　　）に　　　（　　　　　　）世にはばかるほ　　（　　　　　　　）の（　　　　）もうけへ　　　（　　　　）の長（　　　　）と　　　（　　　　）下暗しち　　　塵も積もって山となる　孫には、特に【ち】の【塵も積もって山となる】を力説しました。　ここで、お前横柄やないかと思ってもらっては困るのですが、提案者として明確な線を出すだすべきと考えまして敢えて言いますと、子どもさんと話すときは、その意味を、具体的に、分かりやすく言いましょう。「具体的に」と言っても、誰か具体的な人を悪いたとえに使って「だから、あの人はこうなった」というような言い方はやめましょう。批判力や判断力が未成熟なお子様に無用の人間不信や人権尊重上誤った見方を招きかねないからです。あくまで、こうした見方があるのだよ、というような言い方をしてはどうでしょうか？　誠に、お節介・老婆心ながら・・・失礼の段、お許しください。（カルタの続きは、後日につづきます）</description>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Thu, 03 Jan 2008 02:25:02 +0900</pubDate>

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<title>そんなの関係ねぇ～　！？　？？　今サンタである私</title>
<description>連日、文章ばかりだと重いので、下手な詩もどきを・・・。　　　　　そんなの関係ねぇ～　？！　？？　きのう小一の孫に「サンタさん来たか？」と聞いたら孫曰く「おじいちゃんらがサンタやろ」とゲーム用具を持ってきた分かってる　彼は　人生が分かりつつある妙なことに感心していると彼は　私を　ゲームに誘い　指南する一進一退　だが彼のほうが　戦況はやや有利上機嫌　鼻歌こちらが不利なときは　彼の歌が耳に憑くなんやかんやで　一進一退　んっ？サンタさん　クリスマス前は　サンタさんに来てもらってた側だったけれど今は　すっかりサンタさんとして行くほうの側　　　　　　　それも　すっかり　見抜かれてクリスマス　サンタいつか　響きが　変わってサンタ　クリスマス　と　無関係　華やがずその時　やおら　小島よしお節「そんなの関係ねぇ～」が耳につんざく「そんなの関係ねぇ～」だけど　どこかで　やっぱり　「関係ねぇ～」ことはね～孫と　どこかで「そんなの関係ねぇ～」ことはねぇ～「つながっているよねぇ」と思いたい　思いたがる　　　　前は非サンタ　　　今サンタである私</description>
<link>http://poeny.shiga-saku.net/e72358.html</link>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Wed, 26 Dec 2007 09:14:09 +0900</pubDate>

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<title>ひとつずつ　ひとつずつ</title>
<description>　　  　　ひとつずつ　ひとつずつ　                               ひとつずつ　ひとつずつ君の　笑顔が　私の心に刻まれてひとつずつ　ひとつずつ君の　泣き声が　私の心を動かせることばが出たよと　拍手喝采這えた　立った　歩けた　　　　　と毎日が　君の人生記念の日だけど少しの熱で　おろおろしうまく友達と遊べないことに　心痛め　　　　　と毎日が　君の幸せ祈念の日大きくなった　それがうれしくて口が達者で　それが楽しくてだけどやがて　君は突っ張って　　　　　　　親の私をシカトするイジメられてないかと　心案じそんな　毎日に　心配の雲  まき起こる君は　毎日が　未知への探検私にとっても　未知への恐れ喜び　不安　悲しみ　困惑さまざまなことが　行き交って君は　人の中で　人になっていくそして　私も　人の中で　人になっていく　　　　　　　　　　　　親になっていく君は毎日が　未知への探検そしてそれは私にとっても　未知への恐れと発見　　　　　　　　　　　　　　２００７（平成１９）年１２月１４日</description>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Fri, 14 Dec 2007 17:53:31 +0900</pubDate>

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