五輪遠く・・・横山友美佳選手
昨日、テレビ報じられていて、私は初めて知りました。北京オリンピックの陰で、こんなことがあったんだ、オリンピックに出ることを夢見て、ひたすら頑張ってきたバレーボールの選手が、思いを遂げる直前に、ガンのために、21歳で、この世を去っていたんだ・・・その人の名は
元全日本代表候補 横山友美佳選手
彼女は、生前、自伝でこうつづっています。
「どうして、どうして私なの!?」 怒りと悔しさが交互にこみ上げた。面談室で狂ったように、恨みつらみを泣き叫びまくった。青春真っ盛りだと信じていた十八歳。イメージからはあまりにも遠かった。
抗がん剤治療が始まって
以前に友達と「坊主にされたら外に出る勇気ないよね」という話をしていたことを思い出した。18歳の私にとって髪がどれだけ大切なのか、女だったら誰にも分かるはず、どんなに治療を受けたくなかったことか。
しかし、入院して初めてわかった。同じ病棟にいる子どもたちの強さ。医師や看護師、家族や友人の支え。病気になって気づいた幸せ。
私がこんなに苦痛を感じているのに、3歳から病気になり、約9年間も入退院を繰り返している女の子の明るさと強さ。信じられなかった。病気になるまで健康でいるのが当たり前と思っていたので、小さいときから病気と闘っている子のことを深く考えたこともなかった。
しかし、どんなに孤独で辛い時でも私と同じ思いをしている人たちがいた。それは家族だった。
この病気になって、初めて分かった。健康でいることは当たり前なんかじゃない。健康で生きることは、どれだけ難しく、素晴らしいものなのかと。人はいつも失ってから初めてその大切さに気づく。
入院→手術と抗がん剤治療、放射線治療→退院→再入院。生きた証しを残そうと、治療の合間に思いを書き続けた。いつか本にしたい。
亡くなる直前、同僚木村選手に・・・
練習できてる? 絶対に北京に行ってね。
電話で・・・
みんなと一緒に働きたい。そして、彼女は叫ぶ!
捨てる命があったら、私にください。と。
自伝の出版を待たず、4月17日、21歳でこの世を去った。自伝の名は「明日もまた生きていこう」 。
木村選手は言いいます。。。「
「自分の方がつらいのに、周りに気を配れる心の底から強い人。彼女の分まで絶対に頑張る」 と。
つらい現実です。だが、この現実から、目を背ける訳にはいきません。
「生きたい。行きたい。」・・・彼女の思いをなんども反芻して、その思いを受け止めたい。
急遽、私は、本「明日も生きていこう」を買って読みました。胸打たれ、その本から、一部紹介させて頂いていますけれど、どうか彼女の思いをご紹介したい・・・その一念で、ブログに載せました。お許し頂きたい、と願っています。
※ 彼女のことの記述や、自伝「明日もまた生きていこう」(マガジンハウス)に関するアドレスです。ぜひ、クリックしてください。
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