明けましておめでとうございます。

旧年中は、この理屈っぽいブログに
お付き合い下さいまして、有り難うございました。
本年も、理屈をいろいろこねますが、
よろしくお願いします。
今年は、皆さまにとって、
よきお年でありますように・・・。
そして、世の人たちにも
曙光の見える日々で
ありますように・・・。
【夢想花の願い】・・・今年は、いらちをやや卒業して、牛にあやかり、ぬったり、ゆったり、休みつつ、その時は、ちょこっと青空を仰ぎ見て、また、ゆったりと歩いていけたら・・・。
そして、人の世へについては、今年はどうか明るくなりますように、年末の漢字に、希望の「望」はどうかな、それに曙光の「光」はどうかな、と“願い”込め、大胆予測しました。年末まで、どうか、すべての人にとって明るいものになって欲しい、と、切に、願っております。
優柔不断の私
ですから
「望」「光」の他に、「幸」「愛」「義」「夢」「絆」さまざま、考えて、実はまだ、一つに絞り切れておりません。皆さまは、どう思われますか?
※ 実は、大晦日、横のテレビは「紅白歌合戦」です。面白い! 最近の曲は、難しいのも多いけど、歌詞で、う~ん、と納得しながら聴いていました。ここでも、司会の中居正広さんは「モノ・家族・命の大切さ」を言っていました
。

旧年中は、この理屈っぽいブログに
お付き合い下さいまして、有り難うございました。
本年も、理屈をいろいろこねますが、
よろしくお願いします。
今年は、皆さまにとって、
よきお年でありますように・・・。
そして、世の人たちにも
曙光の見える日々で
ありますように・・・。
【夢想花の願い】・・・今年は、いらちをやや卒業して、牛にあやかり、ぬったり、ゆったり、休みつつ、その時は、ちょこっと青空を仰ぎ見て、また、ゆったりと歩いていけたら・・・。

優柔不断の私

「望」「光」の他に、「幸」「愛」「義」「夢」「絆」さまざま、考えて、実はまだ、一つに絞り切れておりません。皆さまは、どう思われますか?
※ 実は、大晦日、横のテレビは「紅白歌合戦」です。面白い! 最近の曲は、難しいのも多いけど、歌詞で、う~ん、と納得しながら聴いていました。ここでも、司会の中居正広さんは「モノ・家族・命の大切さ」を言っていました



中居正広さんが提起した~!
① モノを粗末にしない。
② 家族愛
③ 命の大切さ
人は、不足しているから気づくこと、失って気付くこと、あり過ぎて忘れること、があります。モノがなくなって、やっとその貴重さに気付いていく。受ける愛がふんだんにあると、その大切さにきづかず、ちょっとした行き違いで、まわりの人を恨んだりする。時間がたっぷりあると思いこんで、時を大切にしない。
一方では、飢餓や病気や戦争で、日々“命”の重さに向き合っている人が、世界には、多数おられます。



今まで、多くの“命”に出会い、悲しい別れもしてきました。時間は保障・予測されません。ただ、時間を長くする努力、“命”を大切にする取り組みを、人類は営々と続けてきました。食糧増産、経済活動、衛生医療体制の充実・人権理念の創造と普及・平和な社会の建設等々無数無限に。。。だけど一方では、その努力に逆行するような、放棄するような行為も、人であれ国であれ、残念ながらしてきましたし、今もあります。
そのどちらもあるのが「人間」と言ってしまえば、それまでなのですが、人はしばしば過ちを犯すもの・・・その時、まわりの人間が、社会が、国が、教育が、政治が、マスコミがどう、ひとりの人にコミットメントしていくか・・・。永遠のテーマとも言えるし、喫緊の課題であるとも言えます。分かりきったことやとお叱りを受けるかも知れません。だけど、敢えて理屈っぽい言葉の数々です

これからも、中居さんが提起した3つのことを、心に置いておくべし・・・我が儘、つい忘れがちな私

※ コミットメント(関わり合い)についてひとつ問題提起するのですが、千葉県の幼児死体遺棄事件について、テレビ各局は事前に撮った容疑者への街頭での質問に答えるシーンを放映していました。中には、カラオケ・ボックスで一人で歌っているシーンまで放映するテレビ局までありました。容疑者の平素の行動や人柄を知らせたい、という気持ちは分からないではありませんが、もし容疑者が実行犯であるとすればその行為は許し難いことでありますが、裁判で罪が確定するまではあくまで「無罪」の推定を受けるとする日本国憲法の考え方からすれば、公道である街頭でのインタビュー・シーンはさておき、極めて私生活性の強いカラオケを歌うシーンまで撮影し放映する権利があるのでしょうか? 何か、容疑者は精神遅滞と診断されているそうですが、そういった事情に乗じて、撮影をしたようにも思うのです。決して容疑者の肩を一方的に持つ訳ではありません。被害者とそのご家族の心情を思えば、行為は憎んでも憎み足りない行為です。ですが、もし、加害したと言われる青年に有力な弁護士がついていたり、有力者が後ろ盾になっていたら、メディアはこういう報道をするでしょうか?
朝ズバッ! 出てたでぇ~。
一昨日の昼間、私より年下の近所のオッサン(口喧嘩仲間)が「あんた、この間、テレビの“朝ズバッ!”に出ていたで~」と言ってきました。「何、言うてた?」と私。3点ほど話したので、そのうちどれが出たのか、を聞きました。「はっきり覚えてへんけど、確か、市民がどうのこうのと言ってたみたいやど・・・。15秒ぐらいやったかなぁ。あと3人ほどが出たはったワ」とのことでした。そうやったんや。やっぱし、テレビに出ていたんや、と思った午後ひと時、・・・うれしいような残念! みたいなような話題ですが・・・ご報告まで。そのあと、妻や娘の知り合いからも、続々、観たという知らせがあって、観てないのは私とこだけか
! ということになりそうです。
そして・・・
戦争が終わらない!

話変わりますが、先ほど、NHKスペシャル・ドラマ「最後の戦犯」を観ました。圧倒的な事実の前に、息継ぐことを忘れるような思いで、ドラマを観ました。ドラマは、終戦直前、一人の米兵を上官の命令で処刑し、「最後の戦争犯罪人」として裁かれた青年がのこした手記をドラマ化したもので、戦争が終わったはずの終戦の日からも、不条理に翻弄され、「戦争が終わらない人」がここにも居たことを知りました。
このドラマを観て、先日の「朝ズバッ!」で、映画「私は貝になりたい」で主演の中居正広
さんが話されたことが、一層、胸に迫ってきました。(つづきます)


そして・・・
戦争が終わらない!




痛恨!と言えば、大げさかな
! ひょっとして? 一週間遅れの「みのもんたの朝ズバッ!」でインタビューシーンが放映されるかも、と思いつつ、もうないかも、の思いも少しあって、やや緊張感が欠けた状態で、朝ズバッ! を観ていましたが、恒例の睡魔くんの訪問でウトウトzzz・・・。
朝ズバッ! かも???

ふと目が覚めたら、8時10分頃。番組は、総合医療センターのPFI方式の問題点を、みのさんとコメンテーターが話し合っていました。インタビューシーンがあるかな、と思いつつ観てましたが、その場面は終わって、中居正広クンが登場! (気安う気安う“クン”て、呼んで、いいのかな?)。
中居クンは、映画「私は貝になりたい」の観客動員90万人突破御礼のことで出演し、撮影秘話や映画への思いなどを、みのさんに力説していました。この内容が、素晴らしかった。その会話の中で、昔、フランキー堺さんが演じた「私は貝になりたい」は、50年前のことだとか・・・。へぇ、そんなに経ったのか・・・? それなら、私は15歳だった! 調べてみたら1959(昭和34)年4月でした。私は、中三でした。ぎゅっと、さまざまな思いが凝縮した朝ズバッ! 残り20分ほどでした。
中居クンの話もよかった。きょうは、仕事がありますので、これにて失礼します。中居クンの話について思ったことは、次回以降に書かせて頂きます。それにしても、PHI方式と医療センターの赤字・・・市民も不幸、もっと
勉強しなきゃ、と思いました。

朝ズバッ! かも???



中居クンの話もよかった。きょうは、仕事がありますので、これにて失礼します。中居クンの話について思ったことは、次回以降に書かせて頂きます。それにしても、PHI方式と医療センターの赤字・・・市民も不幸、もっと
