今号も、音楽絡みの話題ですが、
ミュージシャンのボブ・ディラン氏に
今年度のノーベル賞受賞、が決定しました。

   ボブ・ディランさんの曲にそれほど詳しくない私でも、
   彼の歌声は耳にしていますし、
   その歌詞の、反戦平和への願いには、共感して来ました。
   

ネット検索して、
ボブ・ディランさんの♪風に吹かれて♪の日本語訳付き
忌野清志郎さんの歌の動画に着きました。
https://www.youtube.com/watch?v=d9ieZEWzJQ4


1941年生まれのディランさん、
彼が世間化から認知され出したの、1971年とか、
    私は、20代真っ盛りの青年巡査で、
     愛と懊悩の(気障かな?kao_15)人生行路の中で、
      ♪風に吹かれて♪ を聴いて居ました。

ベトナム戦争や
苛烈な学生運動の風が吹き荒れる中、
    この歌を聴いてました。

忌野清志郎さんの歌を、聴いて当時が蘇って来ます。

もし、忌野清志郎さん生きて居たら、
ノーベル平和賞候補に成ったかな?!

    と思ったり、思いが膨らんで
    このブログで主張した、
アース・マラソンで、世界の大陸を繋いだ、、
間寛平ちゃん!

そして、
憲法第九条の平和主義を守り続けて居る日本国民にも、
平和賞貰えたらな・・・!
    そのためにも、安倍首相の格別のご協力を・・・
       と、思いが膨らむ、
ボブ・ディランさんの
ノーベル賞受賞決定の報、でした。(^^)/

  

71年前の朝、8時15分、
広島の上空から、投下された原子爆弾が、
多くの人の命と生活を奪い、
戦後、多くの人の生活を苦しめました。

71年後の今朝、広島市で
平和記念式典が行われ、          
その時、広島市長により出された「平和宣言」です。



【平和宣言】
1945年8月6日午前8時15分。
澄みきった青空を切り裂き、
かつて人類が経験したことのない
「絶対悪」が広島に放たれ、
一瞬のうちに街を焼き尽くしました。
朝鮮半島や、
中国、
東南アジアの人々、
米軍の捕虜などを含め、
子どもからお年寄りまで罪もない人々を殺りくし、
その年の暮れまでに14万もの尊い命を奪いました。

辛うじて生き延びた人々も、
放射線の障害に苦しみ、
就職や結婚の差別に遭い、
心身に負った深い傷は
今なお消えることがありません。
破壊し尽くされた広島は
美しく平和な街として生まれ変わりましたが、
あの日、
「絶対悪」に奪い去られた川辺の景色や暮らし、
歴史と共に育まれた
伝統文化は、二度と戻ることはないのです。

当時17歳の男性は
「真っ黒の焼死体が道路を塞(ふさ)ぎ、
異臭が鼻を衝き、
見渡す限り火の海の広島は生き地獄でした。」
            と語ります。

当時18歳の女性は
「私は血だらけになり、
周りには背中の皮膚が足まで垂れ下がった人や、
水を求めて泣き叫ぶ人がいました
            と振り返ります。

あれから71年、依然として世界には、
あの惨禍をもたらした
原子爆弾の威力をはるかに上回り、
地球そのものを破壊しかねない
1万5千発を超える核兵器が存在します。
核戦争や核爆発に至りかねない
数多くの事件や事故が明らかになり、
テロリストによる使用も懸念されています。

私たちは、この現実を前にしたとき、
生き地獄だと語った男性の
「これからの世界人類は、
命を尊び平和で幸福な人生を送るため、
皆で助け合っていきましょう。」という呼び掛け、

そして、血だらけになった女性の
「与えられた命を全うするため、
次の世代の人々は、
皆で核兵器はいらないと叫んでください。」
との訴えを受け止め、
更なる行動を起こさなければなりません。

そして、多様な価値観を認め合いながら、
「共に生きる」世界を目指し
    努力を重ねなければなりません。

今年5月、
原爆投下国の現職大統領として初めて広島を訪問した
オバマ大統領は、
「私自身の国と同様、核を保有する国々は、
恐怖の論理から逃れ、
核兵器のない世界を追求する
     勇気を持たなければならない。」と訴えました。

それは、被爆者の
「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」
という心からの叫びを受け止め、
今なお存在し続ける核兵器の
廃絶に立ち向かう「情熱」を、
米国をはじめ世界の人々に示すものでした。
そして、あの「絶対悪」を許さないという
ヒロシマの思いが
オバマ大統領に届いたことの証しでした。


今こそ、私たちは、
非人道性の極みである「絶対悪」を
この世から消し去る道筋をつけるため
にヒロシマの思いを基に、
「情熱」を持って「連帯」し、
行動を起こすべきではないでしょうか。

今年、G7の外相が初めて広島に集い、
核兵器を持つ国、持たない国という立場を超えて
世界の為政者に広島・長崎訪問を呼び掛け、
包括的核実験禁止条約の早期発効や
核不拡散条約に基づく核軍縮交渉
義務を果たすことを求める宣言を発表しました。
これは、正に「連帯」に向けた一歩です。

為政者には、
こうした「連帯」をより強固なものとし、
信頼と対話による安全保障の仕組みづくりに、
「情熱」を持って臨んでもらわなければなりません。
そのため、各国の為政者に、
改めて被爆地を訪問するよう要請します。
その訪問は、オバマ大統領が広島で示したように、
必ずや、被爆の実相を心に刻み、
被爆者の痛みや悲しみを共有した上での
決意表明につながるものと確信しています。

被爆者の平均年齢は80歳を超え、
自らの体験を生の声で語る時間は
           少なくなっています。
未来に向けて被爆者の思いや言葉を伝え、広めていくには、

若い世代の皆さんの力も必要です。
世界の7千を超える都市で構成する平和首長会議は、
世界の各地域では20を超えるリーダー都市が、
また、世界規模では広島・長崎が中心となって、
若者の交流を促進します。
そして、
若い世代が核兵器廃絶に立ち向かうための思いを共有し、
具体的な行動を開始できるようにしていきます。

この広島の地で
「核兵器のない世界を必ず実現する」
との決意を表明した安倍首相には、
オバマ大統領と共に
リーダーシップを発揮することを期待します。

核兵器のない世界は、
日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する世界でもあり、
その実現を確実なものとするためには
核兵器禁止の法的枠組みが不可欠となります。
また、日本政府には、
平均年齢が80歳を超えた被爆者をはじめ、
放射線の影響により
心身に苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、
その支援策を充実するとともに、
「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

私たちは、本日、思いを新たに、
原爆犠牲者の御霊に心からの哀悼の誠を捧げ、
被爆地長崎と手を携え、世界の人々と共に、
核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて
     力を尽くすことを誓います。

               平成28年(2016年)8月6日
                  広島市長 松井 一實


       71年前と言えば、私は2歳、
        もの心付いた戦後の混乱期は
        記憶にありますが
        原爆投下に、ついては、戦後、様々聴く機会があって
         広島市にも以後何度も訪れました。
        私の小学生時代の恩師が、
       広島原爆被爆者で、辛いご体験から、命と人を大切にを実践され、
          私たち生徒を慈しまれ、私も悪戯小僧だったのですが、
           優しく、粘り強く、指導して下さいました。
           
           今、被爆者が高齢化して、
          原爆、核兵器の恐怖が“風化”する危険が叫ばれています。
           このブログでも、当時の被爆者も目撃談等を
      次号以下に載せたいと思って居ますので、お読み下さい。m(_ _)m

  

あまり、テレビでは、
報道されていないようですが、
今日3月29日午前0時を期して、
集団的自衛権行使の根拠になる
安全保障関連法が施行されました。

戦後日本の平和主義が転換点を迎えた。
「専守防衛」が旗印だった
自衛隊に入隊した自衛官たちは、
任務が拡大し、
危険性も増すとみられる安保法施行に「覚悟」を語りつつ、
いらだちや揺れる胸中も明かします。

このサイトを、見て下さい。m(_ _)m
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6195989

http://seiji.yahoo.co.jp/article/17/

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160329-00000000-jij-pol


ひっそりと、この時を迎えたみたいで、
勉強したくUPしました。

自衛隊には、組合もなく、
隊員の声を代弁する組織もなく、

戦後政治の大転換・・・!!!
私たち国民は、どう考えればよいのか・・・?!
問われています。(>_<)

  


本日は、成人の日です。
新成人、
そして、関わる全ての人に読んで頂きたくて、
UPさせて頂きます。



1935(昭和10)年生まれの歌手、
美輪明宏さんのお訴えの動画 です。

https://www.youtube.com/watch?v=6uf2HDr7sOQ


1943(昭和18)年生まれの私の8歳年上で、

美輪さんは、少年時代、
長崎原爆を被爆され、
そのことを、しっかり目撃され、
眼の前で多くの人が亡くなって行った。
悲しみを語って居られます。

私が、物心ついたのが、
昭和20年終戦直後でした。

その点、
美輪さんは、しっかりと目撃され、
その経験談を涙ながらに語られてます。


今、戦争を知らない世代の政治家が、
まことしやかに、
積極的平和主義を主張して居ますが、

今、この時期に、
美輪明宏さんのお訴えに、
耳を傾けたい!!!
と思います。

皆さまも、ぜひ、
じっくり、お聴き下さいますよう、
お願いします。
 m(_ _)m

  

  今号は、この8月6日に平和記念式典で、広島市長より発せられた平和宣言を、じっくりと噛みしめたい、と思います。


       平和宣言

私たちの故郷(ふるさと)には、
温かい家族の暮らし、人情あふれる地域の絆、
季節を彩る祭り、歴史に育まれた伝統文化や建物、
子どもたちが遊ぶ川辺などがありました。

1945年8月6日午前8時15分、
その全てが一発の原子爆弾で破壊されました。
きのこ雲の下には、
抱き合う黒焦げの親子、無数の遺体が浮かぶ川、
焼け崩れた建物。
幾万という人々が炎に焼かれ、
その年の暮れまでにかけがえのない14万もの命が奪われ、
その中には
朝鮮半島や、中国、東南アジアの人々、米軍の捕虜なども
        含まれていました。

辛うじて生き延びた人々も
人生を大きく歪められ、
深刻な心身の後遺症や
差別・偏見に苦しめられてきました。

生きるために盗みと喧嘩を繰り返した子どもたち、
幼くして原爆孤児となり今も一人で暮らす男性、
被爆が分かり離婚させられた女性など
       ――苦しみは続いたのです。


「広島をまどうてくれ!」
これは、故郷(ふるさと)や家族、そして
身も心も元通りにしてほしいという
      被爆者の悲痛な叫びです。

広島県物産陳列館として開館し100年、
被爆から70年。歴史の証人として、
今も広島を見つめ続ける原爆ドームを前に、
皆さんと共に、
改めて原爆被害の実相を受け止め、
被爆者の思いを噛みしめたいと思います。


しかし、世界には、
いまだに1万5千発を超える核兵器が存在し、
核保有国等の為政者は、自国中心的な考えに陥ったまま、
核による威嚇にこだわる言動を繰り返しています。
また、
核戦争や核爆発に至りかねない
数多くの事件や事故が明らかになり、
テロリストによる使用も懸念されています。


核兵器が存在する限り、
いつ誰が被爆者になるか分かりません。
ひとたび発生した被害は国境を越え無差別に広がります。
世界中の皆さん、
被爆者の言葉とヒロシマの心をしっかり受け止め、
自らの問題として真剣に考えてください。

当時16歳の女性は
「家族、友人、隣人などの和を膨らませ、
大きな和に育てていくことが世界平和につながる。
思いやり、やさしさ、連帯。
理屈ではなく体で感じなければならない。」と訴えます。

当時12歳の男性は
「戦争は大人も子どもも同じ悲惨を味わう。
思いやり、いたわり、
他人や自分を愛することが平和の原点だ。」と強調します。


辛く悲しい境遇の中で思い悩み、
「憎しみ」や「拒絶」を乗り越え、
紡ぎ出した悲痛なメッセージです。
その心には、
人類の未来を見据えた「人類愛」と「寛容」があります。


人間は、
国籍や民族、宗教、言語などの違いを乗り越え、
同じ地球に暮らし一度きりの人生を懸命に生きるのです。
私たちは「共に生きる」ために、
「非人道性の極み」、「絶対悪」である核兵器の廃絶を
目指さなければなりません。
そのための行動を始めるのは今です。
既に若い人々による署名や投稿、行進など
様々な取組も始まっています。
共に大きなうねりを創りましょう。


被爆70年という節目の今年、
被爆者の平均年齢は80歳を超えました。
広島市は、
被爆の実相を守り、世界中に広め、
次世代に伝えるための取組を強化するとともに、
加盟都市が6,700を超えた平和首長会議の会長として、
2020年までの
核兵器廃絶と核兵器禁止条約の交渉開始に向けた
世界的な流れを加速させるために、
強い決意を持って全力で取り組みます。

今、各国の為政者に求められているのは、
「人類愛」と「寛容」を基にした国民の幸福の追求
      ではないでしょうか。
為政者が顔を合わせ、対話を重ねることが
核兵器廃絶への第一歩となります。
そうして得られる信頼を基礎にした、
武力に依存しない幅広い安全保障の仕組みを創り出し
ていかなければなりません。
その実現に忍耐強く取り組むことが重要であり、
日本国憲法の平和主義が示す
真の平和への道筋を世界へ広めることが求められます。

来年、日本の伊勢志摩で開催される主要国首脳会議、それに先立つ広島での外相会合は、核兵器廃絶に向けたメッセージを発信する絶好の機会です。オバマ大統領をはじめとする各国の為政者の皆さん、被爆地を訪れて、被爆者の思いを直接聴き、被爆の実相に触れてください。核兵器禁止条約を含む法的枠組みの議論を始めなければならないという確信につながるはずです。


日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役として、
議論の開始を主導するよう期待するとともに、
広島を議論と発信の場とすることを提案します。
また、高齢となった被爆者をはじめ、
今この時も放射線の影響に苦しんでいる多くの人々の
苦悩に寄り添い、支援策を充実すること、
とりわけ「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

私たちは、
原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、
被爆者をはじめ先人が、
これまで核兵器廃絶と広島の復興に
生涯をかけ尽くしてきたことに感謝します。
そして、
世界の人々に対し、
決意を新たに、
共に核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて
        力を尽くすよう訴えます。

     平成27年(2015年)8月6日
        広島市長 松井 一實





【お断り】
読んで頂きやすくするために、
改行を多くし、
字に色を付けました。 m(_ _)m


------------【英語版です】---------------

   PEACE DECLARATION


In our town, we had the warmth of family life, the deep human bonds of community, festivals heralding each season, traditional culture and buildings passed down through history, as well as riversides where children played. At 8:15 a.m., August 6, 1945, all of that was destroyed by a single atomic bomb. Below the mushroom cloud, a charred mother and child embraced, countless corpses floated in rivers, and buildings burned to the ground. Tens of thousands were burned in those flames. By year’s end, 140,000 irreplaceable lives had been taken, that number including Koreans, Chinese, Southeast Asians, and American prisoners of war.

Those who managed to survive, their lives grotesquely distorted, were left to suffer serious physical and emotional aftereffects compounded by discrimination and prejudice. Children stole or fought routinely to survive. A young boy rendered an A-bomb orphan still lives alone; a wife was divorced when her exposure was discovered. The suffering continues.

“Madotekure!” This is the heartbroken cry of hibakusha who want Hiroshima—their hometown, their families, their own minds and bodies—put back the way it was.

One hundred years after opening as the Hiroshima Prefectural Commercial Exhibition Hall and 70 years after the atomic bombing, the A-bomb Dome still watches over Hiroshima. In front of this witness to history, I want us all, once again, to face squarely what the A-bomb did and embrace fully the spirit of the hibakusha.

Meanwhile, our world still bristles with more than 15,000 nuclear weapons, and policymakers in the nuclear-armed states remain trapped in provincial thinking, repeating by word and deed their nuclear intimidation. We now know about the many incidents and accidents that have taken us to the brink of nuclear war or nuclear explosions. Today, we worry as well about nuclear terrorism.

As long as nuclear weapons exist, anyone could become a hibakusha at any time. If that happens, the damage will reach indiscriminately beyond national borders. People of the world, please listen carefully to the words of the hibakusha and, profoundly accepting the spirit of Hiroshima, contemplate the nuclear problem as your own.

A woman who was 16 at the time appeals, “Expanding ever wider the circle of harmony that includes your family, friends, and neighbors links directly to world peace. Empathy, kindness, solidarity—these are not just intellectual concepts; we have to feel them in our bones.” A man who was 12 emphasizes, “War means tragedy for adults and children alike. Empathy, caring, loving others and oneself—this is where peace comes from.”

These heartrending messages, forged in a cauldron of suffering and sorrow, transcend hatred and rejection. Their spirit is generosity and love for humanity; their focus is the future of humankind.

Human beings transcend differences of nationality, race, religion, and language to live out our one-time-only lives on the planet we share. To coexist we must abolish the absolute evil and ultimate inhumanity that is nuclear weapons. Now is the time to start taking action. Young people are already starting petition drives, posting messages, organizing marches and launching a variety of efforts. Let’s all work together to build an enormous ground swell.

In this milestone 70th year, the average hibakusha is now over 80 years old. The city of Hiroshima will work even harder to preserve the facts of the bombing, disseminate them to the world, and convey them to coming generations. At the same time, as president of Mayors for Peace, now with more than 6,700 member cities, Hiroshima will act with determination, doing everything in our power to accelerate the international trend toward negotiations for a nuclear weapons convention and abolition of nuclear weapons by 2020.

Is it not the policymakers’ proper role to pursue happiness for their own people based on generosity and love of humanity? Policymakers meeting tirelessly to talk—this is the first step toward nuclear weapons abolition. The next step is to create, through the trust thus won, broadly versatile security systems that do not depend on military might. Working with patience and perseverance to achieve those systems will be vital, and will require that we promote throughout the world the path to true peace revealed by the pacifism of the Japanese Constitution.

The summit meeting to be held in Japan’s Ise-Shima next year and the foreign ministers’ meeting to be held in Hiroshima prior to that summit are perfect opportunities to deliver a message about the abolition of nuclear weapons. President Obama and other policymakers, please come to the A-bombed cities, hear the hibakusha with your own ears, and encounter the reality of the atomic bombings. Surely, you will be impelled to start discussing a legal framework, including a nuclear weapons convention.

We call on the Japanese government, in its role as bridge between the nuclear- and non-nuclear-weapon states, to guide all states toward these discussions, and we offer Hiroshima as the venue for dialogue and outreach. In addition, we ask that greater compassion for our elderly hibakusha and the many others who now suffer the effects of radiation be expressed through stronger support measures. In particular, we demand expansion of the “black rain areas.”

Offering our heartfelt prayers for the peaceful repose of the A-bomb victims, we express as well our gratitude to the hibakusha and all our predecessors who worked so hard throughout their lives to rebuild Hiroshima and abolish nuclear weapons. Finally, we appeal to the people of the world: renew your determination. Let us work together with all our might for the abolition of nuclear weapons and the realization of lasting world peace.

August 6, 2015

      MATSUI Kazumi
    Mayor The City of Hiroshima


  

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