決して忘れているわけではありません。次から次へと書くことが出てきて(言い訳)・・・7月14日、「母校の同窓会」のつづきです。
優しさを実現するために力を
私たちの時代より、はるかに勉強も競争もシビアな中に学校生活を過ごしている。その中で見いだすこと・・・それはそれで時代の要請に合致したものかも知れませんが、同時に、老婆心が感じる心配にも、若き後輩たちは耳を傾けてほしい。
校舎内にあった七夕飾りの短冊には、ほとんどが進学先合格祈願やスポーツ大会等での勝利等の祈願でした。その中で、ひとつ、「世界から戦争がなくなりますように」、という願いがありました。また、学校説明の中で、ある大学の医学部に合格しながら浪人して他の大学を目指している例が、「敢為」の例として冗談交じりに話されていました。私はこの冗談話に疑問? 学ぶということは、どういうことなのだろうか? 学校として、それは議論されたのだろうか?
恐らく、母校の若い卒業生たちは、社会のリーダーになっていく人が多いでしょう。だけど、また、リーダーになる、ならないに関わらず、どのような価値観や人間性を持って、活動し、生きていくか・・・? 今、社会にも見受けられますが、「エリート意識」に囚われて“裸の王様”状態になるか、それとも、培いつつあるその豊かな資質と力を、自分の幸せと共に周りの人や社会や世界の人々の幸せのために使っていく視点を持ち続けるか・・・?
余計なことだ! 心得てイル! とお思いの方が多いと思いますが、ともすればはまりがちな“落とし穴”にはまられませぬよう、老骨が余計なお節介ぶりを“敢為”する次第なのです。
そして、若者たちとの会話。

大学へ行って、経済の勉強をしている男性に・・・変なエリート意識持って、「ホリエモン」になったらアカンで・・・。自分の利益ばっかりみたいな。
なりません。なりません。
経済は「経国済民」から来てるんヤデ~。
・・・とは、アルコールで呂律と記憶の怪しいウンチクを披露するワタシ。「経国済民」とは、中国の古い言葉で、「国をはかり、民を救う」意味。詳しくは、このアドレスをクリックしてみて下さい。
http://www1.ocn.ne.jp/~uenolog/kotoba/01kotoba25.html
人を救うために、経済を勉強してイキヤ! ホリエモンになったらアカンで~。
はい、なりません。 ・・・とは、素直で優しい彼の返事。

看護師さんを目指している女性。日本の医療界の現状を憂えていることに、意見が一致しました。誰のために、医療の世界を志すのか? 自分の夢実現ということもあるけれど、人が喜んでくれる人のためになる・・・ということを大切にされている思いが伝わりました。 看護師さんって、大事な仕事がんばりや!
ハイ、頑張ります。
・・・彼女の手の温もりに、感動しました。

いわゆる、チョ~有名大学で学んでいる、別の男性。エリート意識から、はるかにかけ離れたような、愛嬌のアル彼の会話に “ホっ” としました。
この飲んだくれのオジサンに、テーブル中の

若い男女

が、笑顔で、しかも、ともすれば説教したがるオジサンの話を、辛抱強く聞いてくれたことに乗っかって、ブログ「夢想花」を宣伝しちゃいました。。。。。

今の日本は、老若の距離が長い。テレビやお笑い芸で老人をバカにするようなことが絶えず流され、それによって若者は、老人を違う世界の人のように見る。老人も格差があって、日々の生活に追われる人はそのことに精一杯、余裕のある人は趣味とかの自分の世界に入って若者や子どもたちに声をかけない。その結果、老若に“分断”が生まれている。老若が手を結ばなければ、日本の未来は危うい
と・・・。
「夢想花」は、手を結ぶことに、少しでもお役に立ちたい・・・と。
ともあれ、豊かな資質を養っている彼らが、どうか「“優しさ”を実現するために力を付けて、使っていって欲しい」と願いつつ、京都をあとにしました。
(理屈っぽく、且つ、文句を言ってるようでスミマセン。ですが、期待し、幸アレと強く願う気持ちが、3日にわたる文になりました。。。また、絵文字を使っていることについて、拓海くんのことを決して忘れませんから、効果的な場面で使わせて・・・)
優しさを実現するために力を
私たちの時代より、はるかに勉強も競争もシビアな中に学校生活を過ごしている。その中で見いだすこと・・・それはそれで時代の要請に合致したものかも知れませんが、同時に、老婆心が感じる心配にも、若き後輩たちは耳を傾けてほしい。
校舎内にあった七夕飾りの短冊には、ほとんどが進学先合格祈願やスポーツ大会等での勝利等の祈願でした。その中で、ひとつ、「世界から戦争がなくなりますように」、という願いがありました。また、学校説明の中で、ある大学の医学部に合格しながら浪人して他の大学を目指している例が、「敢為」の例として冗談交じりに話されていました。私はこの冗談話に疑問? 学ぶということは、どういうことなのだろうか? 学校として、それは議論されたのだろうか?
恐らく、母校の若い卒業生たちは、社会のリーダーになっていく人が多いでしょう。だけど、また、リーダーになる、ならないに関わらず、どのような価値観や人間性を持って、活動し、生きていくか・・・? 今、社会にも見受けられますが、「エリート意識」に囚われて“裸の王様”状態になるか、それとも、培いつつあるその豊かな資質と力を、自分の幸せと共に周りの人や社会や世界の人々の幸せのために使っていく視点を持ち続けるか・・・?
余計なことだ! 心得てイル! とお思いの方が多いと思いますが、ともすればはまりがちな“落とし穴”にはまられませぬよう、老骨が余計なお節介ぶりを“敢為”する次第なのです。
そして、若者たちとの会話。

大学へ行って、経済の勉強をしている男性に・・・変なエリート意識持って、「ホリエモン」になったらアカンで・・・。自分の利益ばっかりみたいな。なりません。なりません。
経済は「経国済民」から来てるんヤデ~。
・・・とは、アルコールで呂律と記憶の怪しいウンチクを披露するワタシ。「経国済民」とは、中国の古い言葉で、「国をはかり、民を救う」意味。詳しくは、このアドレスをクリックしてみて下さい。
http://www1.ocn.ne.jp/~uenolog/kotoba/01kotoba25.html
人を救うために、経済を勉強してイキヤ! ホリエモンになったらアカンで~。
はい、なりません。 ・・・とは、素直で優しい彼の返事。

看護師さんを目指している女性。日本の医療界の現状を憂えていることに、意見が一致しました。誰のために、医療の世界を志すのか? 自分の夢実現ということもあるけれど、人が喜んでくれる人のためになる・・・ということを大切にされている思いが伝わりました。 看護師さんって、大事な仕事がんばりや!ハイ、頑張ります。
・・・彼女の手の温もりに、感動しました。

いわゆる、チョ~有名大学で学んでいる、別の男性。エリート意識から、はるかにかけ離れたような、愛嬌のアル彼の会話に “ホっ” としました。 この飲んだくれのオジサンに、テーブル中の


若い男女

が、笑顔で、しかも、ともすれば説教したがるオジサンの話を、辛抱強く聞いてくれたことに乗っかって、ブログ「夢想花」を宣伝しちゃいました。。。。。
今の日本は、老若の距離が長い。テレビやお笑い芸で老人をバカにするようなことが絶えず流され、それによって若者は、老人を違う世界の人のように見る。老人も格差があって、日々の生活に追われる人はそのことに精一杯、余裕のある人は趣味とかの自分の世界に入って若者や子どもたちに声をかけない。その結果、老若に“分断”が生まれている。老若が手を結ばなければ、日本の未来は危うい
と・・・。「夢想花」は、手を結ぶことに、少しでもお役に立ちたい・・・と。
ともあれ、豊かな資質を養っている彼らが、どうか「“優しさ”を実現するために力を付けて、使っていって欲しい」と願いつつ、京都をあとにしました。
(理屈っぽく、且つ、文句を言ってるようでスミマセン。ですが、期待し、幸アレと強く願う気持ちが、3日にわたる文になりました。。。また、絵文字を使っていることについて、拓海くんのことを決して忘れませんから、効果的な場面で使わせて・・・)
八王子で、また、通り魔殺傷事件が起こりました。思い詰め、一瞬の短気が、絶望的な不幸を招いています。思い詰め、一瞬の短気について、恥ずかしさを超えて、少しでもお役に立ちたく、下手な未完、詩(もどき)を捻り出しましたので、辛抱して、おつき合い下さいますよう・・・。
“風景”の女神・プロデューサー
前へ行く
前へ進む
自分が動く
私が前へ進まなければ
私が動かなければ
私のまわりの風景は 変わってこない
例えば
じっとしていて 相手にされないと 人恨むよりは
自分から 「おはよう」と声かけて・・・
私が動いて 変わる風景
風景には 都合のよいもの わるいもの
うれしいものや 不快なもの
温かいものや 冷たいもの
取っ替えひっかえ 出てくる でてくる
みんな 私の教師と思い定めて
反面教師 正面教師
ときに 見過ごし
ときに 居直り
ときに 学んで
私は 風景と つき合ってきた
私にとって “大切なもの”
私にとって “守りたいもの”
人にとって “大切なもの”
人にとって “守りたいもの”
それを しっかりと見定めて
だけど やっぱり “失敗”の連続
だけど“失敗”も 「成功の母」と思い直して
敢えて挑戦 それでも挑戦
だけど退散するときは
ひたすら退散 タイサン そして、たいさん
あの手 この手で 人生ページ
だけど やっぱり 命あっての物種
命慈しみ 人慈しみ 私を慈しむ
今も 人生の決算は 付かぬツカヌつかぬ 65歳
永遠に付かぬ 付いて欲しくない
付いてしまえば 私の“宿題”はなくなってしまう
短気は損気
命あっての物種
命あってこそ 失敗は明日につながる
自分が動き そして前へ
挑戦する気概 転んでもタダでは起きぬ
いつか“風景”が 私にほほえみかけてくれるから
きっと キット 必ず 絶対
風景の女神・プロデューサーも
汗と涙と独創性には弱いもの・・・
“風景”の女神・プロデューサー
前へ行く
前へ進む
自分が動く
私が前へ進まなければ
私が動かなければ
私のまわりの風景は 変わってこない
例えば
じっとしていて 相手にされないと 人恨むよりは
自分から 「おはよう」と声かけて・・・
私が動いて 変わる風景
風景には 都合のよいもの わるいもの
うれしいものや 不快なもの
温かいものや 冷たいもの
取っ替えひっかえ 出てくる でてくる
みんな 私の教師と思い定めて
反面教師 正面教師
ときに 見過ごし
ときに 居直り
ときに 学んで
私は 風景と つき合ってきた
私にとって “大切なもの”
私にとって “守りたいもの”
人にとって “大切なもの”
人にとって “守りたいもの”
それを しっかりと見定めて
だけど やっぱり “失敗”の連続
だけど“失敗”も 「成功の母」と思い直して
敢えて挑戦 それでも挑戦
だけど退散するときは
ひたすら退散 タイサン そして、たいさん
あの手 この手で 人生ページ
だけど やっぱり 命あっての物種
命慈しみ 人慈しみ 私を慈しむ
今も 人生の決算は 付かぬツカヌつかぬ 65歳
永遠に付かぬ 付いて欲しくない
付いてしまえば 私の“宿題”はなくなってしまう
短気は損気
命あっての物種
命あってこそ 失敗は明日につながる
自分が動き そして前へ
挑戦する気概 転んでもタダでは起きぬ
いつか“風景”が 私にほほえみかけてくれるから
きっと キット 必ず 絶対
風景の女神・プロデューサーも
汗と涙と独創性には弱いもの・・・
昨日のつづきです。なかなか、話の内容に入れませんが・・・。
「力」、そして・・・
母校は、いま、世界的に雄飛する人材の育成を目指して、教育活動がされているとのことでした。同窓会の役員のご挨拶の中でも、卒業式の答辞かの中で、「世界のどこかで会いましょう!」とあって、自分たちの時代とは違うなぁ、と思ったとありました。
母校は、本来、商業学校として出発したので、商業人が市場を求めて、新たな地へ飛翔することは、当然の流れ、と言えば、当然の流れなのでしょう。ちょうど、滋賀県で言えば、昔、近江商人が、異郷の地へ、朱印船貿易に従事したり、蝦夷地(北海道)にまで、足を運んだのと同じ基軸のものと考えられます。それが今、「世界」へ、という流れになってきてる。
私たちの高校時代は、もっとチンタラチンタラしていたし、デキル子やデキナイ子が混在して、お互いの“青春の迷い”や“弱み”を認め合うようなところがアッタとノスタルジアしていますが、今は、時代のせいか、チンタラしたら置いてきぼりを喰いそうで、大変なんだなぁ、と少しかじった段階での、“感想”を持ちました。
母校は、商業系・経済系のみならず理工系でも、今や、大学進学率が急上昇し、スポーツクラブでも、全国的に活躍し、文武両道、がんばっている、高校入学倍率も急上昇中とのことでした。
ただ、何でもひとこと言いたくなるヘキのある私「夢想花」は、認識不足の今、軽々に、結論は下せない、という前提ながら、次のような疑問を持ちました。
そんなことは、重々、怠りなくやっている、とご叱責賜るかも知れないけれど、非力な一先輩、人生の一先輩として、母校のことと若い人たちのことを杞憂するが故に、余計な私の勘違いかも知れない、疑問を持った次第なのです。
確かに、活躍の場、進路選択の場を広げるための「力」を付ける取り組みは、非常に、一生懸命されている。しかし、何のために、「力」を付けるのか? もっと、端的に言えば、自分自身の幸せのために、という部分と人類や社会に貢献する視点は、どうなのか? 人間としての「優しさ」についての価値は、「力」をつけることとどういう関係にあるのか? という疑問でした。
これは、わが母校だけのことではなく、大げさに言えば、日本の学校の多くが目指していることとも、共通することなのでは、と、思ったりします。例えば、ある人の幸せは、高校を出て、直後の進路選択で確定するのではなく、それ以後の長い人生で、どういう“人間力”を持って行くのか、そのために大切な人生の一時期をどう過ごすのか・・・ということを、日常の学校生活で経験されていると思いますが、「大学進学率」や「クラブの成績」など“数字”に表れにくいことについての教育の営みに思いがゆくのです。
(文が長くなって読みづらいと思いますので、最初にUPした文を変えて載せています。以下、つづけますが、明日から、しばらく、別の話題も出番を待っていますので、それをお送りします。)
「力」、そして・・・
母校は、いま、世界的に雄飛する人材の育成を目指して、教育活動がされているとのことでした。同窓会の役員のご挨拶の中でも、卒業式の答辞かの中で、「世界のどこかで会いましょう!」とあって、自分たちの時代とは違うなぁ、と思ったとありました。
母校は、本来、商業学校として出発したので、商業人が市場を求めて、新たな地へ飛翔することは、当然の流れ、と言えば、当然の流れなのでしょう。ちょうど、滋賀県で言えば、昔、近江商人が、異郷の地へ、朱印船貿易に従事したり、蝦夷地(北海道)にまで、足を運んだのと同じ基軸のものと考えられます。それが今、「世界」へ、という流れになってきてる。
私たちの高校時代は、もっとチンタラチンタラしていたし、デキル子やデキナイ子が混在して、お互いの“青春の迷い”や“弱み”を認め合うようなところがアッタとノスタルジアしていますが、今は、時代のせいか、チンタラしたら置いてきぼりを喰いそうで、大変なんだなぁ、と少しかじった段階での、“感想”を持ちました。
母校は、商業系・経済系のみならず理工系でも、今や、大学進学率が急上昇し、スポーツクラブでも、全国的に活躍し、文武両道、がんばっている、高校入学倍率も急上昇中とのことでした。
ただ、何でもひとこと言いたくなるヘキのある私「夢想花」は、認識不足の今、軽々に、結論は下せない、という前提ながら、次のような疑問を持ちました。
そんなことは、重々、怠りなくやっている、とご叱責賜るかも知れないけれど、非力な一先輩、人生の一先輩として、母校のことと若い人たちのことを杞憂するが故に、余計な私の勘違いかも知れない、疑問を持った次第なのです。
確かに、活躍の場、進路選択の場を広げるための「力」を付ける取り組みは、非常に、一生懸命されている。しかし、何のために、「力」を付けるのか? もっと、端的に言えば、自分自身の幸せのために、という部分と人類や社会に貢献する視点は、どうなのか? 人間としての「優しさ」についての価値は、「力」をつけることとどういう関係にあるのか? という疑問でした。
これは、わが母校だけのことではなく、大げさに言えば、日本の学校の多くが目指していることとも、共通することなのでは、と、思ったりします。例えば、ある人の幸せは、高校を出て、直後の進路選択で確定するのではなく、それ以後の長い人生で、どういう“人間力”を持って行くのか、そのために大切な人生の一時期をどう過ごすのか・・・ということを、日常の学校生活で経験されていると思いますが、「大学進学率」や「クラブの成績」など“数字”に表れにくいことについての教育の営みに思いがゆくのです。
(文が長くなって読みづらいと思いますので、最初にUPした文を変えて載せています。以下、つづけますが、明日から、しばらく、別の話題も出番を待っていますので、それをお送りします。)
昨日、母校の高校の同窓会に行きました。
人の手と心
温もりに “ほっ” として
久し振りの京都。蒸し暑かった。JRから地下鉄電車に乗り継いで、地下の駅から地表へ出ると、街の風景は、すっかり変わっていた。あるはずの高校、多分、あれがそうだろう、と思いつつ見てもすっかり、学校らしきものの風貌が変わっている。門扉の所まで行って初めて、ああ母校だったんだ、と気づいたほど、門扉も建物も一新されていた。
校内に入って、ホールで学校の説明を聞いても、校舎の見学をしても、48年ほど前と同じだ、と確信を持てたのは額に書かれた「校歌」ぐらい。辛うじて面影らしきものが残っていたのは体育館とグラウンドの地面ぐらいと思ったほど、すべてが変わっていました。
母校は、明治19(1886)年、京都府商業学校として創立。以後、京都市立第一商業学校(京都一商)、以後、西京商業高校、普通科を併設した西京高校、そしていくつかの学校改革を経て、2003年4月に、全日制は未来社会創造学科エンタープライジング科を創設。翌年から附属中学校創立、併設型中高一貫教育を導入。2005年3月 校舎の全面改築工事を完工。現在は公立中高一貫教育校(併設型)、全日制と定時制(普通科)がある。創立から120年。なお、「エンタープライジング」とは、「進取」「敢為(敢えて困難に挑戦し克服しようとする気概)」「独創」を意味する英語 enterprise の形容詞 enterprisising をアイデアにしている、と言うことだそうです。
きょうの同窓会には、特に、その懇親会には、いわゆる後期高齢者世代の人から、最近のエンタープライジング科卒業生までも、と、実に、幅広い年齢層の老若男女が集まった。卒業生ミュージシャンのバンド演奏もあり、それをバックに、私は、普通科併設の西京高校の卒業生たちと、機嫌良くおしゃべり・・・。その後、最近に卒業した若い人たちに話しに行きました。アルコール混じりで、迷惑を顧みず、若い人たちのテーブルに行きました。けっこう、話に乗ってくれた(自画自賛!?) ようで、私は、厚かましくも、ブログ「夢想花」をPRしたのデシタ。
(どんな話? 内容は、長くなりますので、次回につづけます。)
ここで、例によって、下手だケド、率直な思い吐露の一首を・・・。
移ろいし 母校の姿に 寂しくも
人の手と心 温もりに “ほっ” として
アリガト~ウ! あなたの優しさに有り難う!
人の手と心
温もりに “ほっ” として
久し振りの京都。蒸し暑かった。JRから地下鉄電車に乗り継いで、地下の駅から地表へ出ると、街の風景は、すっかり変わっていた。あるはずの高校、多分、あれがそうだろう、と思いつつ見てもすっかり、学校らしきものの風貌が変わっている。門扉の所まで行って初めて、ああ母校だったんだ、と気づいたほど、門扉も建物も一新されていた。
校内に入って、ホールで学校の説明を聞いても、校舎の見学をしても、48年ほど前と同じだ、と確信を持てたのは額に書かれた「校歌」ぐらい。辛うじて面影らしきものが残っていたのは体育館とグラウンドの地面ぐらいと思ったほど、すべてが変わっていました。
母校は、明治19(1886)年、京都府商業学校として創立。以後、京都市立第一商業学校(京都一商)、以後、西京商業高校、普通科を併設した西京高校、そしていくつかの学校改革を経て、2003年4月に、全日制は未来社会創造学科エンタープライジング科を創設。翌年から附属中学校創立、併設型中高一貫教育を導入。2005年3月 校舎の全面改築工事を完工。現在は公立中高一貫教育校(併設型)、全日制と定時制(普通科)がある。創立から120年。なお、「エンタープライジング」とは、「進取」「敢為(敢えて困難に挑戦し克服しようとする気概)」「独創」を意味する英語 enterprise の形容詞 enterprisising をアイデアにしている、と言うことだそうです。
きょうの同窓会には、特に、その懇親会には、いわゆる後期高齢者世代の人から、最近のエンタープライジング科卒業生までも、と、実に、幅広い年齢層の老若男女が集まった。卒業生ミュージシャンのバンド演奏もあり、それをバックに、私は、普通科併設の西京高校の卒業生たちと、機嫌良くおしゃべり・・・。その後、最近に卒業した若い人たちに話しに行きました。アルコール混じりで、迷惑を顧みず、若い人たちのテーブルに行きました。けっこう、話に乗ってくれた(自画自賛!?) ようで、私は、厚かましくも、ブログ「夢想花」をPRしたのデシタ。
(どんな話? 内容は、長くなりますので、次回につづけます。)
ここで、例によって、下手だケド、率直な思い吐露の一首を・・・。
移ろいし 母校の姿に 寂しくも
人の手と心 温もりに “ほっ” として
アリガト~ウ! あなたの優しさに有り難う!
人間って、凄い!!!
私の百の講釈より、このアドレス開いてください。人間の可能性を拓く生き方の素晴らしさに感動しています。NHKTV番組「きらっといきる」のHPです。ぜひ、クリックしてください。
http://www.nhk.or.jp/kira/
http://www.nhk.or.jp/kira/04program/04_363.html
※ 1月16日のこのブログの記事の抜粋です。
乙武洋匡さんは言います。
ボクは、“五体不満足”に生まれた。・・・だからこそ、声を大にして言いたい。障害を持っていても、ボクは毎日が楽しいよ。健常者として生まれても、ふさぎ込んで、暗い人生を送る人もいる。関係ないのだ、障害なんて・・・。
人間は、一人ひとり何か“使命”なんて大げさだけれど、その人にしかできないことがあるはずだ。この体はそれを見つけるためのヒントなのじゃないか。
背が高い人、低い人もいるように、障害はその人の個性なのだ。
心のバリアフリーに本当に必要なのは、違った他人を認める心。自分が世界でひとりしかいない、かけがえのない自分だと認めれば、他人にもそう思える。
初めて、写真を入れます。挿入の仕方は、パソコンクラブの先生に、叱咤激励されながら、勉強しました。この写真は、ブログをするのが“奇跡的”なほどのパソコン音痴である私のパソコン人生においては、歴史的な一瞬です。ですが、家に帰って、パソコンを操作しても、まだ私の自力にテクは定着しておらず、クラブの後の昼食会で生ビール大を3杯も飲んで、おしゃべりして、聴いて、楽しくて、記憶も揺らいで、写真を貼り付ける確実な技術は、いま、風前の灯です。さらに、試行錯誤して、確実なテクを身につけていきたいと思っています。きょうは、とりあえず、先生のご指導の下に、貼り付けた写真を添えて、お送りします。
ここで、例によって、下手な一首というか・・・。
わが道の 行方に咲いた 花の夢
こんにちは、です よろしくね、です
すみません。あまりに、自己満足的喜びに走りすぎまして・・・。
(笑 そして トホホっ!)
ですが、折角来て頂いたのに、これだけでは、少し愛想がナイので、自作の詩(もどき)を、蛇足気味且つチョ~恥ずかしながら、お送りします。
生きてる!
生きてる、ってことは
やはり素晴らしかったんだ!
生きてる、ってことは
やはり味のあることだったんだ!
生きてる、ってことは 投げ出さずにいて、
本当に、「よかった」ことなんだ!
生きてる、ってことを 簡単に決めつけずにいて、
「よかった」ことなんだ!
辛くても、悲しくても、生きてるコトの素晴らしさが、
すべてカバーしてくれることなんだ。
有り難う。人に、そして、私に
『希有な』チャンスを与えてくれた“万物”に・・・。
65歳のオッサンが、チョ~恥ズカシェ~ぃ!!!
4月1日に、言葉を失うような悲しい事件がありました。それ以後も、“命”をめぐる悲しいニュースが続いています。そういうことが、なくなることを願って、
老骨が詩(もどき)を書きました。年甲斐もなく恥ずかしい表現ですが、私が恥かく気まずさよりも、少しでも何かのお役に立つことの方が大事と、かなりの躊躇逡巡の末、Upすることにしました。今まで出会ってきた多くの子どもたちや若者を思い浮かべて、そして私の様々な失敗の経験を踏まえて、創りました。苦笑まじりにでも、お読み下されば幸いです。
いま 諦めないで
屈託なく 笑ってくれた キミ
躊躇なく 走り寄ってくれた キミ
羞恥なく ワーワー泣いたよね キミ
よかったよ
可愛かったよ
邪気もなく 思いっきり 自分のことに
一生懸命だったね キミ
友だちと 喧嘩をし
兄弟で お母さんの取り合いっこ、をし
これはボクの っと、
おもちゃの所有権を 猛烈主張
自分の方を 向いてむいてと
大人に対して 手練手管アピーール
そんな 子どもだったキミ
そんなキミが 少しずつ
自分以外のことに 気づくようになり
言葉も選んで
距離を置くように なってきた
笑顔も だんだん少なくなって
喜びを 打ち消すような 悲しみを 体験し
善意の反対側の悪意に 出会うようになった
裏切りに遭い 失望や憎しみを 心に宿した
挫折に打ちひしがれ
未来への希望を捨てようとする
そして 屈託や 躊躇や 羞恥や 絶望が
キミを射すくめて
キミの心を 支配して
キミの行動を 制約 そして規定する
閉じこもろうとするキミ
捨て鉢になろうとするキミ
でもね でもね
でもね でもね
それもアリ これもアリ なんだヨ
人間社会なんて 人生なんて
みんな そんな社会で 人生で
苦悩と友連れ 過ごしてる
時に 少し居直ってネ
どんなに 小さなことでも
むしろ 小さなことを大事にして
自分の喜び 人様のお役に立てる喜び
挑戦と失敗 そんな経験楽しんで
もっと 大きくて 深い 何かに出会うのも
新しい喜び したたかな希望
心潤ませる感謝と感動


その時に 屈託なく 躊躇なく 羞恥を超えて
フリーになって 心解き放たれ
挫折や 苦しみを 栄養に
もっともっと 笑えて 泣けて そして笑えて
まわりの人とも 近づけて
そんな風になれるから
苦しみに耐えたご褒美が あなたの心に 届くから 苦しみに耐えたご褒美が
きっと あなたの心に 届くから
いま 諦めないで
いま 深刻に考えすぎないで
いま 絶望してしまわないで
“信頼”という文字を 捨ててしまわないで・・・
老骨が詩(もどき)を書きました。年甲斐もなく恥ずかしい表現ですが、私が恥かく気まずさよりも、少しでも何かのお役に立つことの方が大事と、かなりの躊躇逡巡の末、Upすることにしました。今まで出会ってきた多くの子どもたちや若者を思い浮かべて、そして私の様々な失敗の経験を踏まえて、創りました。苦笑まじりにでも、お読み下されば幸いです。いま 諦めないで
屈託なく 笑ってくれた キミ

躊躇なく 走り寄ってくれた キミ
羞恥なく ワーワー泣いたよね キミ

よかったよ
可愛かったよ
邪気もなく 思いっきり 自分のことに
一生懸命だったね キミ
友だちと 喧嘩をし
兄弟で お母さんの取り合いっこ、をし
これはボクの っと、
おもちゃの所有権を 猛烈主張
自分の方を 向いてむいてと
大人に対して 手練手管アピーール

そんな 子どもだったキミ
そんなキミが 少しずつ
自分以外のことに 気づくようになり
言葉も選んで
距離を置くように なってきた
笑顔も だんだん少なくなって
喜びを 打ち消すような 悲しみを 体験し
善意の反対側の悪意に 出会うようになった
裏切りに遭い 失望や憎しみを 心に宿した
挫折に打ちひしがれ
未来への希望を捨てようとする
そして 屈託や 躊躇や 羞恥や 絶望が
キミを射すくめて
キミの心を 支配して
キミの行動を 制約 そして規定する
閉じこもろうとするキミ
捨て鉢になろうとするキミ
でもね でもね
でもね でもね
それもアリ これもアリ なんだヨ
人間社会なんて 人生なんて
みんな そんな社会で 人生で
苦悩と友連れ 過ごしてる
時に 少し居直ってネ
どんなに 小さなことでも
むしろ 小さなことを大事にして
自分の喜び 人様のお役に立てる喜び
挑戦と失敗 そんな経験楽しんで
もっと 大きくて 深い 何かに出会うのも
新しい喜び したたかな希望
心潤ませる感謝と感動



その時に 屈託なく 躊躇なく 羞恥を超えて
フリーになって 心解き放たれ
挫折や 苦しみを 栄養に
もっともっと 笑えて 泣けて そして笑えて
まわりの人とも 近づけて
そんな風になれるから
苦しみに耐えたご褒美が あなたの心に 届くから 苦しみに耐えたご褒美が
きっと あなたの心に 届くから
いま 諦めないで
いま 深刻に考えすぎないで
いま 絶望してしまわないで
“信頼”という文字を 捨ててしまわないで・・・
昨日の「母の日」の朝、テレビで、長谷川伸原作の演劇『瞼の母』を演出している渡辺えりさんが、出演していました。私の子ども時代、『瞼の母』は、映画館で立ち見が出るほど流行っていて、私も、感涙にむせびながら見ていました。
お母ちゃんが いっぱい
お節介の『復権』を・・・
渡辺えりさんは、次のように、言います。
世の中には、お母さんは、いっぱいいる。本当のお母さんだけでなく、子どもたちを心配して、声をかけたり、世話をしてくれるお母さんが、いっぱいいる。その時には、気づかなくても、ああ、あとからあのおばちゃんやおじちゃんの親切が、今の私を造ってくれたんだ・・・ と。
テレビをぱっと観ての記憶ですので、細かい部分は違うかも知れませんけど、大きくはこういう趣旨の発言でした。私も、全面的に同感!
私の心や体内には、記憶は定かでないけれど、今まで出会ってきた人たち、目にもしていない人たちの、有形無形の私への関与や働きかけが、いっぱい、詰まっています。そして、私も、誰か、どこかの人たちの心や体に、影響を与えています(・・・のはずです)。
今、日本の社会では、ともすれば、敬遠もしくは嫌悪されがちな「お節介」。人間、お互いに、お節介だからこそ、進化してきたし、生きていけるのではアリマセンカ? そんなことを考えさせられる、渡辺エリさんの、「母の日」の言葉でした。
お母ちゃんが いっぱい
お節介の『復権』を・・・
渡辺えりさんは、次のように、言います。
世の中には、お母さんは、いっぱいいる。本当のお母さんだけでなく、子どもたちを心配して、声をかけたり、世話をしてくれるお母さんが、いっぱいいる。その時には、気づかなくても、ああ、あとからあのおばちゃんやおじちゃんの親切が、今の私を造ってくれたんだ・・・ と。
テレビをぱっと観ての記憶ですので、細かい部分は違うかも知れませんけど、大きくはこういう趣旨の発言でした。私も、全面的に同感!
私の心や体内には、記憶は定かでないけれど、今まで出会ってきた人たち、目にもしていない人たちの、有形無形の私への関与や働きかけが、いっぱい、詰まっています。そして、私も、誰か、どこかの人たちの心や体に、影響を与えています(・・・のはずです)。
今、日本の社会では、ともすれば、敬遠もしくは嫌悪されがちな「お節介」。人間、お互いに、お節介だからこそ、進化してきたし、生きていけるのではアリマセンカ? そんなことを考えさせられる、渡辺エリさんの、「母の日」の言葉でした。
きのうの記事に関して、理屈っぽい自作の詩(もどき)をご披露します。 私のような浅学が、ブログでいかにも分かったようにエラそうにいっていいのだろうか、と躊躇しています。ですが、博学でも隠居に籠もっているよりは、限られた命、浅学でも少しでも社会にお役に立ってご恩返しできれば(ひょっとしたら、“ご恩返し”どころか“押しつけ・ご迷惑”?)、と蛮勇を発揮し、羞恥心を排して、ご披露させていただきます。
子どもたちへ
人間は 人間の後輩を
育ててきた だから君も・・・
ヒトは 学習しなければ「人間」になれないこと
人間が 他の動物と違うところ
それは 妊娠期間が短くて
だから生まれた時は 極端に 頼りなくて
生まれてすぐ サルやウマらしくなる
サルやウマなどと比べてみても
生活力が ほとんどないこと
だから人間は 赤ちゃんのときは
まわりの人に支えてもらわなくては
生きていけないこと
だから 本当に 赤ちゃんは
頼りなくて弱い存在であること
だけど人間の赤ちゃんが 強くてしたたかなのは
頼りないその時期に まわりの人から
人間としての『知恵』を いっぱい学びつづけること
だから人間の赤ちゃんは
3才ごろまでは チンパンジーの生活力に
負けているけど
やがて 彼を追い抜かすほど
いっぱい知恵と生活力をもっていくこと
それから人間はふるさとや家庭や学校で学び続け
どんどん 人間としての 知恵と生活力をつけて
どんどんどんどん 人間らしく なっていくこと
人間が 他の動物と違うところ
それは 『学ぶ』ということが
『人間』になっていく『条件』であること
サルやウマは 生まれついてサルやウマだけど
人間は 学び続けて やっと『人間』になれること
どんなことでも 学ぶ値打ちのあること
これだけの文化をつくってきた 人間の歴史には
オレは人間だ ワタシは人間だ
と叫ぶ声がいっぱい詰まっていること
君が やがて成人して 結婚して 人の親になって
頼りない赤ちゃんや子どもたちに
いっぱい 人間としての知恵と生活力を
つけてあげるための 大人になっていくこと
人間の歴史はそうしたことをずっと続けてきたこと
より人間らしく生きていってほしいために
人間は 人間の後輩を 育てて きたこと
そして 君もやがて 君の後輩を 育てて いくこと
※ 上の詩(もどき)を載せながら、一方では、今、日本では、「子育てのあり方」以前の問題として「子どもの人口減少問題」が深刻になってきていることに、心を痛めています。生き方の多様化、結婚しない若者の増加、結婚して家庭を持ちにくい社会・経済情勢・・・このことについても、次のアドレスを開いてみて頂きたく思っています。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/decrease_of_children/
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/musashi/index.htm
※ 妻が還暦を迎え、還暦祝いをイヤがっていましたが、昨日、息子の誕生日祝いも兼ねて、小宴を開きました。20代半ばの息子も未婚で、「早く結婚して、孫を見せてくれ!」とハッパをかけたら、苦笑していました。息子のいとこも未婚者が何人かいて、心配だという話をしました。日本の未来が、本当に心配です。・・・ということを、小宴でも愚痴りました。
子どもたちへ
人間は 人間の後輩を
育ててきた だから君も・・・
ヒトは 学習しなければ「人間」になれないこと
人間が 他の動物と違うところ
それは 妊娠期間が短くて
だから生まれた時は 極端に 頼りなくて
生まれてすぐ サルやウマらしくなる
サルやウマなどと比べてみても
生活力が ほとんどないこと
だから人間は 赤ちゃんのときは
まわりの人に支えてもらわなくては
生きていけないこと
だから 本当に 赤ちゃんは
頼りなくて弱い存在であること
だけど人間の赤ちゃんが 強くてしたたかなのは
頼りないその時期に まわりの人から
人間としての『知恵』を いっぱい学びつづけること
だから人間の赤ちゃんは
3才ごろまでは チンパンジーの生活力に
負けているけど
やがて 彼を追い抜かすほど
いっぱい知恵と生活力をもっていくこと
それから人間はふるさとや家庭や学校で学び続け
どんどん 人間としての 知恵と生活力をつけて
どんどんどんどん 人間らしく なっていくこと
人間が 他の動物と違うところ
それは 『学ぶ』ということが
『人間』になっていく『条件』であること
サルやウマは 生まれついてサルやウマだけど
人間は 学び続けて やっと『人間』になれること
どんなことでも 学ぶ値打ちのあること
これだけの文化をつくってきた 人間の歴史には
オレは人間だ ワタシは人間だ
と叫ぶ声がいっぱい詰まっていること
君が やがて成人して 結婚して 人の親になって
頼りない赤ちゃんや子どもたちに
いっぱい 人間としての知恵と生活力を
つけてあげるための 大人になっていくこと
人間の歴史はそうしたことをずっと続けてきたこと
より人間らしく生きていってほしいために
人間は 人間の後輩を 育てて きたこと
そして 君もやがて 君の後輩を 育てて いくこと
※ 上の詩(もどき)を載せながら、一方では、今、日本では、「子育てのあり方」以前の問題として「子どもの人口減少問題」が深刻になってきていることに、心を痛めています。生き方の多様化、結婚しない若者の増加、結婚して家庭を持ちにくい社会・経済情勢・・・このことについても、次のアドレスを開いてみて頂きたく思っています。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/decrease_of_children/
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/musashi/index.htm
※ 妻が還暦を迎え、還暦祝いをイヤがっていましたが、昨日、息子の誕生日祝いも兼ねて、小宴を開きました。20代半ばの息子も未婚で、「早く結婚して、孫を見せてくれ!」とハッパをかけたら、苦笑していました。息子のいとこも未婚者が何人かいて、心配だという話をしました。日本の未来が、本当に心配です。・・・ということを、小宴でも愚痴りました。
五月晴れ 夢をがぶりと
昨日は、連休中だというのに、ある町興しのための会議に出席して、聞き出し上手な若い人に対して、例の如く、生意気且つお節介に、人生訓なり時評みたいなものをノタマッちゃいました。実際は、ノタウチまくったわが人生では、とても恥ずかしくて言えないようなことをエラそうに講釈しちゃいました。曰く
★ 男の子の“漂流”の問題
★ 「科学性」と「大衆性」のススメ
★ クールな目と温かい腕と強い足で・・・
★ 反省・努力・感謝
★ 言葉の「行政改革」を・・・
なんちゃって・・・。思いやりのある彼らは、神妙に、聞いてくれました。アリガトウ。
夕方、妻に引かれて、借りている畑詣ででした・・・。畑に居合わせた近所のおじさんと、「好きなことやったら、時間忘れて、やるのになぁ」と、共感を求めつつ、雑草取りをしました。
犬は、午前やや元気、夕方はややバテテイマシタ。そんな一日を振り返って
五月晴れ 夢をガブリと 天も肥ゆ
<やや蛇足> 肥えるのは、秋空だけではナイんですからっ!? 初夏の空も、真夏の空も、真冬だって、空はさまざまに肥えているかも・・・。空が肥えるのは、日本の空だって、中国の空だって、チベットの空だって、イラクの空だって、ソマリアの空だって、一部政治家や一部官僚が私腹を肥やすより、きっと、もっと、イイだろうと、、、、、胸膨らませて、例によって訳の分かりにくい俳句(もどき)を創っちゃいました。
昨日は、連休中だというのに、ある町興しのための会議に出席して、聞き出し上手な若い人に対して、例の如く、生意気且つお節介に、人生訓なり時評みたいなものをノタマッちゃいました。実際は、ノタウチまくったわが人生では、とても恥ずかしくて言えないようなことをエラそうに講釈しちゃいました。曰く
★ 男の子の“漂流”の問題
★ 「科学性」と「大衆性」のススメ
★ クールな目と温かい腕と強い足で・・・
★ 反省・努力・感謝
★ 言葉の「行政改革」を・・・
なんちゃって・・・。思いやりのある彼らは、神妙に、聞いてくれました。アリガトウ。
夕方、妻に引かれて、借りている畑詣ででした・・・。畑に居合わせた近所のおじさんと、「好きなことやったら、時間忘れて、やるのになぁ」と、共感を求めつつ、雑草取りをしました。
犬は、午前やや元気、夕方はややバテテイマシタ。そんな一日を振り返って
五月晴れ 夢をガブリと 天も肥ゆ
<やや蛇足> 肥えるのは、秋空だけではナイんですからっ!? 初夏の空も、真夏の空も、真冬だって、空はさまざまに肥えているかも・・・。空が肥えるのは、日本の空だって、中国の空だって、チベットの空だって、イラクの空だって、ソマリアの空だって、一部政治家や一部官僚が私腹を肥やすより、きっと、もっと、イイだろうと、、、、、胸膨らませて、例によって訳の分かりにくい俳句(もどき)を創っちゃいました。
乙武洋匡さん「心のバリアフリー」
バリアフリーとは、もともとは道の段差をなくすとか、スロープをつけるとか、物理的な“かべ”を取り除こうというものですが、ボク が目指しているのは、心のバリアフリー。
(なぜ、今、社会で、人間同士、たとえば親子で、教師と生徒の間で、友だち同士で、バリヤーを持っているのか?)
みんな本当は、他人を必要としているが、恐がって、かかわりを持ちきれていない。自分に自信が持てなくて、なお、他人に批判されることを恐れている。
障害について、もっと聞いて欲しい。子どもは、手足のないことを聞きたがるが、親ごさんがとめてしまう。そうすると、子どもは、聞きたい気持ちをそのまま胸に閉じこめて、障害を持っている人への“かべ”をつくってしまう。
(明日につづく)
話は変わりますが、今朝(ブログ発表は17日だから昨日の朝になりますが、実際の作業は16日にしていますので本日の朝・・・どうでもいいことですが・・・)、道路のちょっとした段差につまずいて、しこたま、左胸を打ちました。だんだん痛くなって、今、左手を上げ下げするたびに痛みが走る、ややですが、不自由な状態でパソコンに向かっています。
体が不自由になると、今まで気づかなかったことに気づいてきます。動くたびに痛みが走り、ちょっとしことをするのが大層で、億劫になります。また高齢になって、足が上がっているつもりでも上がっていない、だからちょっとした段差でつまずく。転んで、全身道路に投げ出される、そこへ車が来るかも知れない「危機一髪の瞬間」・・・体に故障がないときなら何でもないことでも、一旦、不自由になると、予測もつかない危険や大層が、次々と押し寄せてくることに気づき、乙武さんは、その数十倍の不自由と日夜向き合っておられるのだと、思いました。
痛いながらも、午前中、「“人を育てる唄”としてのわらべ唄」の講演を受け、昔の人子育ての知恵を学びました。わらべ唄にも、遊び唄・呼びかけの唄・はやし唄などがあり、赤ちゃんの遊び唄の「うんこ語り」「にぎにぎにぎ」「あぷー」「あわわわわ」「れえろれえろれえろ」のもつ子どもへの願いや生きる知恵満載のご講演を聴いて、具体的で感激しました。これから、さらに「64の手習い」をしていこうと思うに至りました。またぞろ、途中で、棒が折れるかも知れませんが・・・。ここで下手な句と詩を・・・。
「わらべ唄」との出会いから
今どきの 子育てに知恵 わらべ唄
わらべ唄 昔の知恵を 運ぶ冬

子どものまわりの馬鹿四人 
子どもが生まれりゃ 三人の馬鹿が生まれるど
おっかあは 元々 馬鹿だべ
そこへ おっとうだろ おばぁだろ おじぃだろ
合わせて 四人の馬鹿が
赤ちゃんに 一生懸命になるだべ
一生懸命 赤ちゃんに向き合う
馬鹿一人 に加えて 馬鹿三人
赤ちゃんは 馬鹿四人に 囲まれて大きくなる
いいことだべな 素晴らしいことだべな
赤ちゃんも そうして大きくなって 大人になって 親になって
子どものために 馬鹿になるだど・・・

※お断りとお願い: この詩は、私がご講演に触発されて、自分なりに解釈を加えて書きました。この詩の場合、「馬鹿」を『火事場の馬鹿力』で使う「馬鹿」のように一生懸命な人間の様子を表す言葉として使っていますので、侮蔑的にではなく使っていますので、誤解のないようにお願いします。それと、蛇足ですが、馬鹿四人を、広く、いろいろな世代の大人、の気持ちで書きました。私流の方言(もどき)で、少しけったいですが、標準語なら伝え切れないような、柔らかい響きで言いたくて、(もどき)を自覚しつつ、こういう表現にしました。けったいですが、言いたいことをお酌み取り下されば、うれしいです。よろしくお願いします。
13年前の1995(平成7)年のきょう午前5時46分、「阪神淡路大震災」が発生し、多くの人の命が奪われ、建造物が損壊しました。震災を風化させないよう、亡くなった人たちのことが語り継がれ、将来への備えの努力についての思いが様々に語られ深くなる日でした。
バリアフリーとは、もともとは道の段差をなくすとか、スロープをつけるとか、物理的な“かべ”を取り除こうというものですが、ボク が目指しているのは、心のバリアフリー。
(なぜ、今、社会で、人間同士、たとえば親子で、教師と生徒の間で、友だち同士で、バリヤーを持っているのか?)
みんな本当は、他人を必要としているが、恐がって、かかわりを持ちきれていない。自分に自信が持てなくて、なお、他人に批判されることを恐れている。
障害について、もっと聞いて欲しい。子どもは、手足のないことを聞きたがるが、親ごさんがとめてしまう。そうすると、子どもは、聞きたい気持ちをそのまま胸に閉じこめて、障害を持っている人への“かべ”をつくってしまう。
(明日につづく)
話は変わりますが、今朝(ブログ発表は17日だから昨日の朝になりますが、実際の作業は16日にしていますので本日の朝・・・どうでもいいことですが・・・)、道路のちょっとした段差につまずいて、しこたま、左胸を打ちました。だんだん痛くなって、今、左手を上げ下げするたびに痛みが走る、ややですが、不自由な状態でパソコンに向かっています。
体が不自由になると、今まで気づかなかったことに気づいてきます。動くたびに痛みが走り、ちょっとしことをするのが大層で、億劫になります。また高齢になって、足が上がっているつもりでも上がっていない、だからちょっとした段差でつまずく。転んで、全身道路に投げ出される、そこへ車が来るかも知れない「危機一髪の瞬間」・・・体に故障がないときなら何でもないことでも、一旦、不自由になると、予測もつかない危険や大層が、次々と押し寄せてくることに気づき、乙武さんは、その数十倍の不自由と日夜向き合っておられるのだと、思いました。
痛いながらも、午前中、「“人を育てる唄”としてのわらべ唄」の講演を受け、昔の人子育ての知恵を学びました。わらべ唄にも、遊び唄・呼びかけの唄・はやし唄などがあり、赤ちゃんの遊び唄の「うんこ語り」「にぎにぎにぎ」「あぷー」「あわわわわ」「れえろれえろれえろ」のもつ子どもへの願いや生きる知恵満載のご講演を聴いて、具体的で感激しました。これから、さらに「64の手習い」をしていこうと思うに至りました。またぞろ、途中で、棒が折れるかも知れませんが・・・。ここで下手な句と詩を・・・。
「わらべ唄」との出会いから
今どきの 子育てに知恵 わらべ唄 わらべ唄 昔の知恵を 運ぶ冬

子どものまわりの馬鹿四人 
子どもが生まれりゃ 三人の馬鹿が生まれるど
おっかあは 元々 馬鹿だべ
そこへ おっとうだろ おばぁだろ おじぃだろ
合わせて 四人の馬鹿が
赤ちゃんに 一生懸命になるだべ

一生懸命 赤ちゃんに向き合う
馬鹿一人 に加えて 馬鹿三人
赤ちゃんは 馬鹿四人に 囲まれて大きくなる
いいことだべな 素晴らしいことだべな
赤ちゃんも そうして大きくなって 大人になって 親になって
子どものために 馬鹿になるだど・・・


※お断りとお願い: この詩は、私がご講演に触発されて、自分なりに解釈を加えて書きました。この詩の場合、「馬鹿」を『火事場の馬鹿力』で使う「馬鹿」のように一生懸命な人間の様子を表す言葉として使っていますので、侮蔑的にではなく使っていますので、誤解のないようにお願いします。それと、蛇足ですが、馬鹿四人を、広く、いろいろな世代の大人、の気持ちで書きました。私流の方言(もどき)で、少しけったいですが、標準語なら伝え切れないような、柔らかい響きで言いたくて、(もどき)を自覚しつつ、こういう表現にしました。けったいですが、言いたいことをお酌み取り下されば、うれしいです。よろしくお願いします。
13年前の1995(平成7)年のきょう午前5時46分、「阪神淡路大震災」が発生し、多くの人の命が奪われ、建造物が損壊しました。震災を風化させないよう、亡くなった人たちのことが語り継がれ、将来への備えの努力についての思いが様々に語られ深くなる日でした。
昨日につづき「心のバリアフリー」(その2)をお送りします。だいぶん重複していますが、ひとつは私が大事だと思うから、もうひとつは回数を稼ぐため、なんて言っちゃって・・・(クっふっ
)。「回数を重ねる、なんてことは大変なんすっ、からー、もう~」とは林家三平師匠の十八番芸
。とにかく、第2回目をお送りします。乙武洋匡さん「心のバリアフリー」
ボクは、“五体不満足”に生まれた。・・・だからこそ、声を大にして言いたい。障害を持っていても、ボクは毎日が楽しいよ。健常者として生まれても、ふさぎ込んで、暗い人生を送る人もいる。関係ないのだ、障害なんて・・・。
人間は、一人ひとり何か“使命”なんて大げさだけれど、その人にしかできないことがあるはずだ。この体はそれを見つけるためのヒントなのじゃないか。
背が高い人、低い人もいるように、障害はその人の個性なのだ。
心のバリアフリーに本当に必要なのは、違った他人を認める心。自分が世界でひとりしかいない、かけがえのない自分だと認めれば、他人にもそう思える。
バリアフリーとは、もともとは道の段差をなくすとか、スロープをつけるとか、物理的な“かべ”を取り除こうというものですが、ボクが目指しているのは、心のバリアフリー。(明日につづく)
1999年、私はあるところに次のような文章を寄稿しました。『五体不満足』という本をお覚えでしょうか? 乙武洋匡さんという障害を持った青年が書いた本で、当時、彼の姿や活動がテレビでもよく報じられていました。そこから、私が学んだこと・感動したことを文にしたのです。今、各地で「成人式」が行われている時期でもあり、青年や子どもたちに、さらに中高年の方にもなにかお考えいただければと、本やテレビの内容を紹介しつつ、このブログで私のつたない文を載せることにしました。ぜひ、最後まで読んでください。あまり長いと読み切るのがしんどいので何回かに分けて掲載します。
乙武洋匡さん「心のバリアフリー」
心のバリアフリーに必要なのは、
違った他人を認める心。
自分が世界でひとり、他人も世界にひとり。
その人にしかできないことがあるはず。
どうか、自分自身のバリヤーを打ち破ってほしい
★・・・乙武洋匡(おとたけひろただ)クン・・・
22歳、早稲田大学3回生。彼は生まれつき「先天性四肢切断」という障害を持ち、彼の両手両足はほぼ根元からないのです。彼は、小さい頃から、友だちととっくみあいのけんかをし、鬼ごっこをし山登りをしてきました。中学校に入って、バスケットボール部に入り、ドリブルをし、ボールを味方の選手にトスしました。高校・大学では、アメリカンフットボール部のマネージャーもして、コンピューターにデーターを入力しました。友だちと海外旅行をし、もうしばらくしたらスキューバダイビングにも挑戦するということです。
★・・・障害を持って、不自由な体で、実に明るく前向きに積極的に生きています。車椅子を器用にあやつり、字も書きます。そんな彼が、『五体不満足』(講談社刊)という本を書きました。今、大ベストセラーになっていいます。彼は、ヘレンケラーの言葉を借りて「障害を持っていて不便だけれども、不幸ではない」と言います。
★・・・下に紹介するのは、彼が最近テレビに出て、語った言葉の要旨(ようし)です。画面で見る乙武クンは、明るくてさわやかな好青年です。そんなに、明るく好青年で無理してない(?)、と思わず声をかけてみたくなるほどですが、そんなことを言うこと自体が恥ずかしくなるほど、彼は、圧倒的に明るくて、前向きでです。
★・・・彼も、恐らく苦しんだこともあっただろうし、深い悩みもあるだろうと思います。ですが、彼の言葉の端々(はしばし)に出てくる彼の考え・人生哲学は、重い障害を持って生まれ、育ったということと無関係ではないだろうと思います。
★・・・彼の、前向きな生き方・ものの見方を、ぜひ、参考にして欲しい。そう思って、取り上げました。彼が話したこと、書いたことの一部を紹介します。
生まれたとき、驚いた医者は、理由を付けて、ひと月ほど、母親に僕を会わせなかった。母親のショックを心配したのです。それが対面の瞬間、
母はボクを見て、取り乱しもせず、可愛いと言って、ボク抱きしめたのです。母がボクに対して初めて抱いた感情は、驚きや悲しみではなく、喜びだった。それが、その後のボクの人生にとても大きかったと思います。
ボクは、“五体不満足”に生まれた。・・・だからこそ、声を大にして言いたい。
障害を持っていても、ボクは毎日が楽しいよ。健常者として生まれても、ふさぎ込んで、暗い人生を送る人もいる。関係ないのだ、障害なんて・・・。
心のバリアフリーに必要なのは、違った他人を認める心。
自分が世界でひとり、他人も世界にひとり。
その人にしかできないことがあるはず。
どうか、自分自身のバリヤーを打ち破ってほしい (明日につづく)
乙武洋匡さん「心のバリアフリー」
心のバリアフリーに必要なのは、
違った他人を認める心。
自分が世界でひとり、他人も世界にひとり。
その人にしかできないことがあるはず。
どうか、自分自身のバリヤーを打ち破ってほしい
★・・・乙武洋匡(おとたけひろただ)クン・・・
22歳、早稲田大学3回生。彼は生まれつき「先天性四肢切断」という障害を持ち、彼の両手両足はほぼ根元からないのです。彼は、小さい頃から、友だちととっくみあいのけんかをし、鬼ごっこをし山登りをしてきました。中学校に入って、バスケットボール部に入り、ドリブルをし、ボールを味方の選手にトスしました。高校・大学では、アメリカンフットボール部のマネージャーもして、コンピューターにデーターを入力しました。友だちと海外旅行をし、もうしばらくしたらスキューバダイビングにも挑戦するということです。
★・・・障害を持って、不自由な体で、実に明るく前向きに積極的に生きています。車椅子を器用にあやつり、字も書きます。そんな彼が、『五体不満足』(講談社刊)という本を書きました。今、大ベストセラーになっていいます。彼は、ヘレンケラーの言葉を借りて「障害を持っていて不便だけれども、不幸ではない」と言います。
★・・・下に紹介するのは、彼が最近テレビに出て、語った言葉の要旨(ようし)です。画面で見る乙武クンは、明るくてさわやかな好青年です。そんなに、明るく好青年で無理してない(?)、と思わず声をかけてみたくなるほどですが、そんなことを言うこと自体が恥ずかしくなるほど、彼は、圧倒的に明るくて、前向きでです。
★・・・彼も、恐らく苦しんだこともあっただろうし、深い悩みもあるだろうと思います。ですが、彼の言葉の端々(はしばし)に出てくる彼の考え・人生哲学は、重い障害を持って生まれ、育ったということと無関係ではないだろうと思います。
★・・・彼の、前向きな生き方・ものの見方を、ぜひ、参考にして欲しい。そう思って、取り上げました。彼が話したこと、書いたことの一部を紹介します。
生まれたとき、驚いた医者は、理由を付けて、ひと月ほど、母親に僕を会わせなかった。母親のショックを心配したのです。それが対面の瞬間、
母はボクを見て、取り乱しもせず、可愛いと言って、ボク抱きしめたのです。母がボクに対して初めて抱いた感情は、驚きや悲しみではなく、喜びだった。それが、その後のボクの人生にとても大きかったと思います。
ボクは、“五体不満足”に生まれた。・・・だからこそ、声を大にして言いたい。
障害を持っていても、ボクは毎日が楽しいよ。健常者として生まれても、ふさぎ込んで、暗い人生を送る人もいる。関係ないのだ、障害なんて・・・。
心のバリアフリーに必要なのは、違った他人を認める心。
自分が世界でひとり、他人も世界にひとり。
その人にしかできないことがあるはず。
どうか、自分自身のバリヤーを打ち破ってほしい (明日につづく)
恥ずかしながら・・・成人式に寄せて
青年と子どもたちに・・・
命の重さの始まった時
君は いつから君であり始めたか知ってる?
ものごころついた時?
生まれた時?
いいや いいや もっと前 もっと以前から
君は 君を 始めていたのだよ
君がお母さんのおなかの中で『命』頂いた時
確実に 君は 君を始めていた
そして それは同時に
君のまわりの
親ごさんとか
お兄ちゃんやお姉ちゃんとか
おばあちゃんやおじいちゃんとか
親戚の人とか近所の人とか
お医者さんとか看護師さんとか
助産師さんとかにとっても
君の命の重さの始まった時
そして それは 同時に『心配』の始まり
おなかの中で 君が ふと動かなかった時
お母さんはまだ見ぬ子の安否を気づかった
生まれてからは お乳を飲まない、と心配し
少しの熱でおろおろし
学校へ行き始めてからは
いじめられていないか と心病み
バイクを欲しがる君に 心痛め
少し突っ張りぎみの君に 戸惑った
君が 君を 始めた時
君のまわりの人たちの
愛と 心配と 喜びと
命の重さへの限りない思いが
始まった時
青年と子どもたちに・・・
命の重さの始まった時
君は いつから君であり始めたか知ってる?
ものごころついた時?
生まれた時?
いいや いいや もっと前 もっと以前から
君は 君を 始めていたのだよ
君がお母さんのおなかの中で『命』頂いた時
確実に 君は 君を始めていた
そして それは同時に
君のまわりの
親ごさんとか
お兄ちゃんやお姉ちゃんとか
おばあちゃんやおじいちゃんとか
親戚の人とか近所の人とか
お医者さんとか看護師さんとか
助産師さんとかにとっても
君の命の重さの始まった時
そして それは 同時に『心配』の始まり
おなかの中で 君が ふと動かなかった時
お母さんはまだ見ぬ子の安否を気づかった
生まれてからは お乳を飲まない、と心配し
少しの熱でおろおろし
学校へ行き始めてからは
いじめられていないか と心病み
バイクを欲しがる君に 心痛め
少し突っ張りぎみの君に 戸惑った
君が 君を 始めた時
君のまわりの人たちの
愛と 心配と 喜びと
命の重さへの限りない思いが
始まった時

